満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

BERNIE WORRELL 『improvisczario』

2007-11-16 | 新規投稿
   
ウィルカルホーン(Will Calhoun;Dsリビングカラー)という名前に一抹の不安はあったのだが。また、これも好きじゃないバンド、フィッシュのメンバーが参加しているのは一曲だけという事で少し安心したのも間違いであった。これは買って失敗。バーニーウォーレルだからってみんないいわけではない。

妙に乾いた音が意外。リズムに粘りがない。あの独特のドクドクしたビート。後ろへ引きずりながら、タメを効かして、前ノリに導くウォーレルの得意技が今回の<即興>というコンセプトで相殺された。もっとリズムが躍り上がるような空間が用意されていれば。以前、ビルラズウェルはそれをやったのだが。
カルホーンのヘヴィワンパターンなビートにウォーレルがイマジネーションに任せてインプロヴァイズする。しかしこの単線ビートではいかにウォーレルでも表現の幅が拡がらない。結構、抑えた演奏に終始する。音の間があるのは新鮮だが、肝心のエロスが不足。それこそが彼の持ち味なのに。もっとポリリズムなドラムの方が即興には向いていただろう。いっその事、ノンビートの鍵盤オーケストレーションによる即興演奏の方が面白かったんじゃないか。その方がリズムをより感じさせる音楽になったような気がする。勝手な事ばかり言ってるが。

バーニーウォーレル。ファンクキーボードの創始者であり、ジャンルを超越したリズムマイスター。そんなプロフィールでいいのだろう。正しく偉大なミュージシャンだ。フレーズではなく、音の選択、創出において、<ビート感>を創造し、人々に新たなリズム言語、その楽しみ方を示唆した男。P-FUNKにおける彼の偉業は新しいビート快楽の発見だっただろう。例えばビヨーーンと鳴るエロっぽいモジュラー音でもそれが紛れもないファンクビートである事を認識させた、その発想の奇想たるや。内側のリズムの強大さの成せる業であろう事は想像に難くない。

楽器を演奏する身体部分よりもっと以前の段階で既にリズムが鳴っている。ウォーレルにあっては手や指は演奏の単なる<中間地点>であり伝達手段だろう。彼のビッグビートは部分身体ではなく、全生命体で刻むビート。頭が司る発想、身体機能、演奏技術、その三位一体が生み出す豊饒なリズムだ。

しかし、新作『improvisczario』の物足りなさは何なのだ。本当にこれはウォーレルのアルバムなのか。<即興>というタイトルも大いに疑問。これは<ジャム>だ。ジャムセッションの域を出ていない。ジャム特有な安易さがある。リズムに追随し、演奏が流れる。全員が固有の発想をぶつけ合うのではなく、一つの方向へまとまろうとする意識が濃厚にある。だから面白くない。そうか、ここには安易なジャムをジャンルとして定着させたフィッシュのメンバーも紛れ込んでるじゃないか。アルバムはウォーレル名義にはなっているが、グループジャムのような性格を持つ企画アルバムという事で納得する。もっと練られて、メンバー同士が高度なインタープレイを共有できるような間柄になってからスタジオに入るべきだった。20回くらいライブをやってからでも良かったのではないか。また勝手な事ばかり言ってるが。

2007.11.16

 
   

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