鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

2010年・夏の山行─竹久夢二の登った須走口登山道 その9

2010-08-15 06:14:48 | Weblog
「砂走り」を下って一合目の石室へ着いた夢二とたまきは、樹林地帯へ入りました。たまきの顔色もよほどよくなりました。「駒返し」からは馬車を借りて、須走までそれに揺られて帰りました。「駒返し」からは馬車が須走まで走っていたのです。その馬車に乗ったのは、夢二とたまき、そしてドクトル(若い医者で横須賀の病院に勤務)や強力でした。二人は須走でドクトルや強力と別れて、御殿場行きの鉄道馬車に乗りましたが、その車中には、登山の時に出会った外国人も乗っていました。その外国人は、たまきのために自分の荷物を除けて席を設けてくれました。その馬車の窓からは野原に生えるいちごがあちこちに見える。夢二が「あれはストロベリーでしょう」と言うと、外国人は、「そうです、そうです」と言って、馬車から飛び降りるとそのいちごをたくさん採ってきました。「この土地の人は、これをヘビいちごと言いますよ」と夢二が言うと、その外国人は、「ヘビは西洋人の好きなものの一つです」と笑いながら言って、目を閉じていたたまきの手にいちごの束を持たせました。たまきは顔を上げて、初めて笑みを浮かべます。鉄道馬車は、下りということもあって高原の上を快く走り、二人は二枚橋の福田屋の前でその馬車から下りました。 . . . 本文を読む