今年も、残すところ数日になってしまった。
月日の経つのは速く、特に歳を取ってからさらに速くなった。
今年は、毎年行っている来迎院の火防祭に行かなかった。非常に寒く、午後3時頃から
霧雨が落ち始め、火が点けられる5時頃にはさらに増したようであった。しかし、準備を
ちゃんとしていれば、あの火力が雨を吹き飛ばしそうなので、おそらく祭りは行われたと
思われる、毎年、写真を撮りに行くが、これまでいい写真が撮れたことがなく、今年こそは
と思っていたが、残念であった。
12月26日、近隣で毎年行っている餅つき大会を今年もやった。代わる代わるつき手が
交替して、3kgの米を15臼ほどついた。その後宴会をし、夜はカラオケ大会となり、楽しい
1日となった。
12月29日、小貝川へ行ってみた。初日の出をどこで迎えるかの下見を兼ねてであった。
今年は、9月に、常総市における鬼怒川の氾濫を引き起こした大変な豪雨があったが、小貝川
上流でもかなりの雨が降り、大量の土砂が流れてきたようで、方々で中州ができている。
高須橋の少し上流の中州に降りた。6時50分頃になると、川の下流方面から日が出てきた。
遮る物が無く、日の出を見るにはいい所である。
水溜まりには氷が張っていた。この頃、日中は暖かいが、朝夕はかなり冷える。
堤の上の道には、散歩、ジョギング、サイクリングの人などが見られた。
高須橋近くの川岸から筑波山がきれいに見えた。
高須橋から500mほど下流の堤から、南西方向に富士山も見えていた。
白鳥は、一組の夫婦から、毎年春に、4~5羽程度の子が生まれ、育つ。いつも家族でいるが、
子が成鳥になる年末頃には、子は親から離れ、いずれかへ行く。
旧小貝川では二組の夫婦がいて毎年、子が生まれる。その後の様子を見に寄ってみた。
最下流の小貝川堤防近く、ポンプ小屋の脇には3羽がいた。
福祉センター脇には、1羽しかいなかった。通常、夫婦が残り、2羽以上がいるはずであるが、
なぜ一羽なのか、わからない。
しかし、今年の流行語ではないが、「安心して下さい、龍ヶ崎にはちゃんと居ます」。
牛久沼は、渡り鳥などが加わり、大賑わいである。鴨、おおばん、ゆりかもめなど沢山来ている。
ゆりかもめは、柵の上に並んで留まっている。なぜか同方向をむいて。
今年は、ロシアと欧米が反発し合い、イスラム国ISが拡大して方々でテロが起こり、平和な
世界にはまだ遠い状態にある。
わが国も、一見良さそうに見えるが、問題を先送りしているだけで、少子高齢化社会で、多くの
借金や難題をかかえ、とても安心できる状態ではない。南海トラフ地震、関東大震災など、いつ起こっ
ても不思議ではない。そんなことになれば、いまだに大きな後遺症の残る東日本大震災どころではない
被害が出そうである。
安倍政権は近い国政選挙を控え景気の良さそうなことを言っているが、成長など期待できる状態
ではなく、不安のある新年になりそうである。