国指定の重要文化財の多宝塔で知られた来迎院で、12月23日に火防祭が行われるので、昨年に続いて、今年も見に行った。
祭りでは、山伏の祈りと修行の勇壮な踊りが見られるので、カメラを持って行った。しかし、祭りは日が暮れてから行われるので、三脚を立てるか、フラッシュを使う必要がある。
しかし、踊りは結構速い動きをするので、三脚だけでは追跡が困難であり、しっかりした外付けのフラッシュが望ましい。
私は、一脚と内蔵のフラッシュで対応しようとしたが、一脚でも追いかけるにはじゃまになり、内蔵フラッシュでは光量が足りなかった。
間もなく行事が始まる来迎院本堂
門から本堂までの山伏の行列
日暮れ間近の4時15分頃、ホラ貝の先導で
多宝塔
間もなく日が暮れた
この頃本堂の中で祈祷が行われていた
5時近くに薪の櫓に点火され、
20分くらい炎を上げて燃えさかる。
火防祭の行事が始まるのは炎が治まってから。
儀式の始まり ・ 5時15分頃
この前に山伏一行の入場の人定の問答が行われた。
弓を持った踊り
方角毎に四方に矢を放つ
刀を持った踊り
斧を持った踊り
松明を持った踊り
山伏全員の声を揃えた祈りに合わせての勇壮な舞い
住職の祭りの口上
火渡り
まだ火がくすぶる上を
最初に住職が刀を持って
続いて、山伏達が渡る。
さらにその後は一般の人々
裸足になって、家内安全などを祈りながら渡る。
どんなものか、途中から列の後ろについてみたが、番が回ってきたのは数十人が通った後で、火はほとんど消えており、ぬくもりを感じた程度であった。それでも一つの経験ではあった。
これは昔から続いている、龍ヶ崎の年末の最も盛大な祭りのようである。
12月7日早朝、天気も良さそうなので、久々にたつのこ山へ行った。
たつのこ山は、人工の山で、標高が41mであり、6~25mくらいの標高の龍ヶ崎市にあっては飛び抜けており、市の最高地点である。
そのため、頂上からは360度のパノラマが楽しめ、牛久大仏、筑波山、ニュータウンの住宅地、市街地、田園地帯、富士山などが見える。
しかし、市の先にある牛久沼、霞ヶ浦、小貝川、利根川などは、手前の台地や林に遮られたり、平らで凹んだものを真横から見るような形になり、見ることはできない。
日の出前のたつのこ山
何人もの人が上ったり、周りを歩いたりしている
地平線に太陽が現れた
6時40分
たつのこ山の山頂に登った
逆光で見えにくいが
アリーナ、野球場、競技場などスポーツ施設が見えた
立派な野球場ができていたことは今まで知らなかった
牛久大仏
筑波山
富士山 ・ 薄い雲があって見えにくい
若者グループがたつのこ山でトレーニングに励んでいた
流通経済大学のラグビー部であった
関東大学リーグで上位に入り、全国大会を前にしてのハードトレーニングであった
石段を駆け上がるなど
かなりきついトレーニングであった
数人で駆け上がると、呼吸を整えながら下る
下りてきた若者に声をかけると、元気の良い返事が返ってきた。
先日、11月15日に小貝川の堤防から富士を見たが、12月6日夕方、空気が澄んでいたので、もっときれいな富士が見えることを期待して、再び、小貝川の堤に出てみた。
利根川と小貝川の合流点に到達したが、4自20分頃、日没後、徐々に富士が現れた。時間が進むと共に、空が赤く焼け、富士のシルエットが黒くはっきりとしてきた。
その後、小貝川の東岸の堤の上を自転車で、上流に向かって走り、ところどころで、写真を撮りながら進み、30分くらいかけて高須橋上流300mくらいまで進んだ。さすがに、その頃には空もかなり暗くなり、人家も夜景に変わりつつあった。
日頃、富士山を見たり、写真を撮るには牛久沼へ行くことが多い。そこは、広々とした沼の向こうに富士山を裾野まで見ることができるが、送電線と鉄塔が少し気になることはある。
小貝川の堤からは、場所によって見え方が変わるが、広々として見えるところがあり、送電線もあまり無いので気にならない点が良かった。
小貝川・利根川合流点の少し下流にて、利根川越しに
日没間近かで、陽光が強く、木陰から
日没直後、富士が徐々に現れた
手前の台地が高く、裾野までは見えない
水面は合流後の利根川
合流点から200mくらい上流にて
裾が少し広がった。
手前は小貝川
豊田堰と高須橋の中間点付近にて
この前、戸田井橋から豊田堰あたりまでは見えない
高須橋から100mくらい下流にて
広々したこのあたりでは
大木2本が変化を与えている
富士も高須橋の上流側に移って来た
高須橋から300mくらい上流からの富士
ここから堤を下りたので、その後は見えなくなった。