竜の郷あれこれ

龍ヶ崎市と周辺の名勝、観光地、行事、身の回りのことなどを写真と文書により紹介します。「気まぐれ写真日記」もご覧下さい。

牛久沼のほとり

2006-10-25 15:47:26 | Weblog

  牛久沼に面した牛久市側は台地になっており、沼越しの対岸に富士山が見える位置にある。しかし、今は台地の斜面に大木と雑木が生い茂っていて視界が遮られ、そのあたりの高台からは沼方面を一望できるようなところは無さそうである。

  そのようなところにカッパの絵で知られた日本画家小川芋銭(うせん)が住んでいた「雲魚亭(うんぎょてい)」と、「橋のない川」などを書いた作家の住井すえが住んでいた家と人々を集めて学習会を開いていた「抱撲舎(ほうぼくしゃ)」がある。

  恐らく彼らが住みついた頃には、そのあたりからは沼を一望でき、富士山も見えたと思われる。また、カッパの碑がある広場には5~6基のベンチが沼に向けて置かれているが、現在、それらのベンチから見えるのは木々の枝や葉のみで沼も景色もほとんど見えない。

  ベンチが設置された頃は、良い景色が見えたからそのように設置したはずで、木々の成長が状況を変えてしまったと思われる。

  しかし、木々を伐採して元のように眺めを良くしようとしないところが反骨的な二人の意志に沿うと考えられる。自然をあるがままにし、鳥類を保護し、流れに竿を挿さないという主張が背景にあるのであろうか。

  世に知られた文化人が住んでいたということは、地元のステータスを高揚することになるので、二人は牛久市にとって誇りでもある。

  芋銭を原点として、カッパと牛久沼が結びついて、盆踊り歌やカッパ祭りに発展し、牛久市と牛久沼は強く結びついているようである。

  歴史的には、龍ヶ崎の金竜寺に端を発する牛久沼があって、そこの辺の村が牛久と命名されたが、後に、牛久が名をあげるにつれて牛久沼は牛久に属するような感じを受けるようになったと思われる。

竜の郷の秋

2006-10-24 06:09:17 | Weblog

  つい最近まで暑い日が続いていたと思ったら、周りはもう秋になっており、朝夕は冷え込み、そろそろ暖房の準備もせねばと思われる頃になった。

  木々の葉の色づきは種類によって進み方が異なり、南京ハゼ、ニシキギはかなり進んでおり、銀杏や欅、ドウダンツツジも始まっているが、楓はまだ緑のままである。例年、明るい赤が見られるアメリカハナミズキは、今年は枯れ葉になっていたり、もう落ちている。

  この時期、実をつける木の種類は少なく、栗の時期はとうに過ぎている。

  遊歩道や公園によく見られるイチョウは、ほとんど実をつけない。イチョウは雌雄異株であり、それらの実のギンナンは熟して落果すると臭いのでそれを避けるため、街路樹などには雄木を植えているようである。それでも、たまに実をつけているものもあり、木の下に落ちた実を拾ってきて、炒って食べることがあり、結構おいしい。しかし、ギンナンを食べると痙攣を起こすこともあり、過ぎるのはよくないようである。

  ヨーロッパではイチョウは育たないと、以前わが家に来たドイツの友人がいっていた。彼は植物に興味があり、ドイツでも試してみたいというので、ギンナンを持たせて帰したが、その後育ったという話は聞いていない。恐らくうまくいかなかったのであろう。
  彼がいうには寒い地方では難しいとのことである。書物によるとわが国のギンナン生産の適地は関東甲信越以南で、愛知県が一番とのことである。
  しかし、イチョウについて調べてみると、東北6県にもそれぞれ大木があることがわかる。北海道についても、北海道大学構内にちゃんと並木がある。

  なお、イチョウと同様に、ヨーロッパには竹は無さそうであり、これにも気候が関係しているようである。

  柿は、たくさんなるが、特に手入れをしないとかなりの実を落とし、最終的にちゃんとした実になるのは少ない。残った木も、秋が深まるにつれて葉を落とし、実も緑から黄色あるいは茶色へと変わりつつ熟す。わが家の柿は、最終的に食べられそうなのは20個くらいになりそうである。