「必ず一度はチャンスが来る」と藤井猛九段は言った 森下卓vs阿部隆 1990年 天王戦決勝

2019年11月11日 | 将棋・名局

 「どんな大差の将棋でも、一回はチャンスが来るんですよ」

 
 
 そんなことをいったのは、藤井猛九段だった。
 
 前回は、羽生善治九段が「七冠ロード」で見せた絶妙手を紹介したが(→こちら)、今回はそのライバルたちの熱局を。
 
 
 将棋を観ていると、ときに一方的な内容で、終わってしまうことがある。
 
 相手の研究にハマってしまったり、ポカがあったり。
 
 はたまた一昔前の相矢倉角換わり腰掛け銀なら、先手が攻めまくって一回も反撃のターンが回ってこない「後手番ノーチャンス」(これは観ていて切ない)といったパターンがあるが、そんなサンドバッグ状態でも終盤戦で一度は、
 
 
 「あれ? これキタんじゃね?」
 
 
 そう座りなおす瞬間があるというのだ。
 
 たしかに将棋は「逆転のゲーム」と言われるくらいだし、かの羽生善治九段も、最後まで正確に指しての完璧な将棋は、年に2回あるかないかくらいだと語っていた。
 
 もっとも、藤井九段は続けて、
 
 

 「でも、そういうとき、ずーっと不利な局面を耐えて疲れちゃってるから、逃しちゃうんだよねえ」 

 

 
 そう苦笑いをされてましたが。
 
 
 「将棋は優勢な時間が長い方が勝つ」
 
 
 とは、たしか升田幸三九段の言葉だったが、それは精神的な疲労度の差が大きいということにくわえて、不利な方は時間も使うから、だいたい秒読みになっていることもあるのだろう。
 
 今回は、まさにそんな藤井説を実証するような一戦を紹介したい。
 
 
 1990年の天王戦。
 
 決勝に進出したのは、森下卓六段阿部隆五段であった。
 
 新鋭同士のフレッシュな対決は、森下先手で相矢倉に。
 
 この年、新人王戦で棋戦初優勝を果たし、「準優勝男」なる不名誉なあだ名を返上した森下は絶好調で、関西のエース候補である阿部相手に序中盤を押しまくって優位に立つ。
 
 ただ、この将棋の観戦記を担当した先崎学五段によると、
 
 

 「なにか見ていて、危ないぞ、という感じがあった」

 

 堅実が売りの森下なのに、ちょっと勢いがよすぎると。
 
 その懸念は当たった。
 
 打たれっぱなしで、完封負けのピンチに立たされた阿部だが、森下に軽率な手が出て、目がキラリと光る。
 
 
 
 
 
 
 森下の▲45桂が、調子よさげで疑問手だった。
 
 筋の良さでは逸品の阿部から、すかさずカウンターが飛んでくる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △66歩が「敵の打ちたいところに打て」の鋭手
 
 森下はこの手を軽視していた。
 
 こうたたかれるなら、▲45桂では先に▲66桂と打っておけばよかった。
 
 
 
 
 
 
 △63銀とさせてから▲45桂とすれば、後手に指す手はなく、ノーヒットノーラン級の完封だったのだ。
 
 わずかな、ほころびを見逃さなかった阿部が、急激に追いこんでいく。
 
 森下はあせったか、らしくない激しい攻めでせまるが、これがまずかった。
 
 むかえた最終盤。後手の△85桂の王手に、▲87玉とかわしたところ。
 
 
 
 
 
 
 森下の当初の予定では、△85桂には▲76玉で勝ちと見ていた。
 
 だが、それには△75歩と打って、▲同金には△49角王手飛車
 
 ▲75同玉には、△64角打という筋で、なんと先手玉は詰んでしまうのだ!
 
 
 
    ▲76玉、△75歩、▲同玉、△64角打の図
 
 
 
 秒読みの中、ギリギリでそれを察知した森下は、とっさに▲87玉とよろけたが、ここで阿部に、まさに「一瞬の大チャンス」がやってきた。
 
 ここは△77金と打ち、▲86玉△31角という必殺手があった。
 
 
 
           
 先手玉の眉間を射抜く、あざやかなレーザービーム! 
 
 
 
 これで先手は、攻めの要駒である▲53成桂が助けられず、まさかの逆転
 
 阿部は秒に追われて発見できず、△72飛と逃げたが、これではいけない。
 
 ▲83銀と打って、ピンチを脱した森下が、新人王戦に続いての棋戦優勝
 
 それも全棋士参加型の、ビッグタイトルを手に入れたのだった。
 
 最後は相当おもしろい終盤戦だったが、これぞまさに藤井九段のいう内容。
 
 どんな不利な将棋でも、なぜか最後にワンチャンスが来る。
 
 でも、辛抱し続けて疲れているから、逆転の手を指すことができない。
 
 △31角の筋も、阿部の実力をもってすれば、平時なら見えた手順かもしれないが、完封されそうなのを耐え抜いての秒読みでは、ちょっとむずかしかったのだろう。
 
 森下だって油断したわけではなかったろうが、まさか圧勝のはずの裏に、こんなすごい絶妙手がかくされていたとは思いもしなかったろう。
 
 まったく、将棋とはおそろしいゲームである。
 
  
 
 (屋敷伸之の史上最年少タイトル獲得編に続く→こちら
 
 
 
 
 
 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« イスタンブールのスルタン・... | トップ | 「ゆるパッカー」アジアの涅... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。