~青空に広げよう創造と友情の輪~のコンセプトの下、、芸術の秋に相応しい子供たちの創造性あふれる作品が楽しめる造形「第37回 さがみ風っ子展 2015」が「女子美アートミュージアム会場」(10/22から)と「淵野辺公園会場」(10/24から)開催される。日本一のスケールを誇る野外の大作品展で相模原市内の幼稚園、小学校、中学校、特別支援学校、近隣高校の生徒たちが描き作った図工・美術の作品を展示するイベントで今年で37回を迎える。今日から始まった「女子美アートミュージアム会場」へ行くと、上溝小、新宿小、田名北小、田名、陽光台小、上溝中、大野北中、田名中、中央中の生徒たちの創性豊かな素晴らしい作品が展示されていた。粘土づくりのお面(顔)、布を使った人形、絵画の一つ一心打たれる作品ばかりであった。(1510)
伊勢原市東大竹の伊勢原大神宮の手前に位置し知恩院末寺の浄土宗寺院「千手山大宝寺」(慈眼院)ある。江戸時代から「大山詣で」の門前町として多くの人が訪れた伊勢原に静寂な佇まいをみせる「大宝寺」の創建は360年前の正保二年(1645)、本尊は阿弥陀如来像である。当寺の「千手観音」は「相模第三十一番の札所」、「延命子育地蔵尊」は「相模第二番の札所」として崇敬を集めている。「山門」を潜ると正面に「本堂」、「水屋」、「客殿」、「六地蔵」、「延命子育地蔵尊」、「鐘桜堂」がある。幟が立ちならびいかにも札所らしい雰囲気が漂う境内である。(1510)
勝坂歴史公園南側、遠く丹沢山系が望め里山の風情が残る相模原市南区磯部に「新磯ざる菊園」はある。一週間前の10/14に訪れた時はまだ入口右側の黄色ざる菊が二列、左側奥のピンクのざる菊が数株が開花しているだけであったが、今日は外周ざる菊の開花が進んでいた。中央部はまだ蕾の段階ではあるが膨らみつゝあり今にも開花しそうな勢いである。中には黄色と赤色の菊を一つの「ざる」のように工夫された斬新な株もある。「花見会」がスタートする10/25頃には1300株のざる菊たちも咲き揃うであろう。花見会は11月14日(土)まで開催され、期間中は「ざる菊」、地元産の「野菜や卵」などが販売される。(1510)
伊勢原市三ノ宮に相模国の延喜式内社十三社の内の一社で、「三ノ宮さま」と呼ばれている古社の「比々多神社」はある。国府祭に参加する相模五社の一社で「相模国三宮」に当たり、地名の「三ノ宮」は当社に因む。大山の東南山麓に鎮座する当社はどうやら「大山」遥拝宮だったようだ。旧社格は郷社で創建(伝)は神武天皇6年(紀元前655年)。主祭神は豊国主尊、天明玉命、雅日女尊、日本武尊である。246号道路の「比々多信号」を右折、「東名」下を潜り畑地が続く道の中間にある「比々多神社」の案内柱を右に進むと大きい「鳥居」が見えてくる。境内正面に鈴が掛けられた「拝殿」、その後方に三間社流造の「本殿」、鳥居左手に「手水舎」、「鐘楼」、「神楽殿」、「神輿殿」、右手に「社務所」、「郷土資料館」がある。緑の樹木に覆われた境内は静寂そのものであり、三宮としての重厚な風格漂う神域である。赤い傘が掲げられている椅子に座り朱印を賜った。(1510)
伊勢原市伊勢原に遥かに伊勢の神宮を拝み奉る、創建以来の内宮、外宮二社殿形式で地名「伊勢原」の由来に深くかかわっている「伊勢原大神宮」は鎮座する。創建は元和6年(1620年)。歴史(伝)は元和6年(1620)この地を開拓した伊勢出身の山田曽右衛門と鎌倉出身の湯浅清左衛門が伊勢神宮より祭神を勧請し創建とある。社殿の耕造は「内宮」に主祭神の天照皇大御神、「外宮」に主祭神の豊受姫大神を奉祭する二社殿形式である。本殿の様式は神明造りである。鳥居を潜ると境内には「神楽殿」、「神宮遥拝所」、「社務所」、「参集所」、「 手水舎」、「 車御祓い所」、「春日神社」がある。当宮の内宮と外宮を表現したシンボルマークで、丸と四角・赤と白・人と自然をイメージしている。一昨年三重の「伊勢神宮」、昨年、東京四谷にある「東京大神宮」と横浜にある「伊勢山皇大神宮」、そして今年港区にある「芝大神宮」、そして今日は「伊勢原大神宮」である。伊勢に通じるとあってやはり厳かで特別な雰囲気が漂う神社である。(1510)