さくら・たわわにたわごと

四季折々、愛しきものたちとの日々と思いを綴ります。

サロンコンサートを終えて

2017-03-08 | 歌のおけいこ
先日の日曜日に、ぶじ終えた朝野先生門下のSpring concert。

前回までの記事に書いた3曲…

「いのちの記憶」 をアンサンブルユニット(女声5名)のミルフィユ オ フレーズで、

「ほんとにきれい」
「きんいろの太陽がもえる朝に」 をデュエットで、

「O del mio amato ben」(私の愛する人) をソロで

それぞれ歌った。

今回のコンサートでは、ひどくあがることなく
初めて自分本来の感じで歌えた気がする。

めざしたのは、
フレーズの歌いだしの前に、からだ、気持ちの準備をして
それができてから声にすること。
とりあえずの声で歌わないこと。

歌いだしたら、けっして抜かないで
ずっとつなげて前へ前へと進んでいくこと。

きれいに歌うことや、BGMをめざすのではない、
そこに自分(人間)がいるかどうか…と。

けれど、それらがどの程度できていたかはわからないし、
はたしてこれまでと何がちがっていたのか、
はっきりとはわからない。

ただ、心配ごとがあったり、
状況や心身のぐあいが決して好調ではないなかでも、
集中して歌うことはできるものなんだと思った。
できないことの言い訳を、あれこれしてはいけないと。

調子のよいときよくないときの波があったとしても、
歌うときは歌に集中して、
最低限この感じで、毎回歌えるように練習をかさねていきたい。

今回もあがるだけで終わりました…
ということばかりのくり返しが、ほんとうにつらかったから。

たったいちどでも、
少なからず思うように歌えたのだという実感を忘れずに
糧として、この体験を積みかさねていこう。



コメント (4)
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最近のあれこれ

2017-03-03 | たわごと・できごと
年明けすぐからの、心身の不調が長びくなか
なんとか動けるようになってからは
ふだんの仕事や家事、歌のレッスン、実家への行き来などのほかにも
あれこれの雑事をかかえていた。

銀行での住宅ローン借り換え手続きやら、
浴室のユニット交換工事…
現実的な生活に深くかかわること。

昨年末には、
耐久年数をはるかに超えて?
それでもちゃんと働いてくれてはいた
給湯器・ガスこんろ、換気扇の交換工事を
すませたところだった。

そういうものの必要に迫られる年まわりなのか、
来るときはいろいろ同時にやってくる。

それらの手続きや立ち合い、対応で、
こまごまと、あるいはまとまった時間を費やしているこのごろ…
たいしたことでもないのだが、
心身のぐあいが万全でないせいでストレスも大きいのか、
なんとなく落ちつかない日が続いていた。

それらがあとすこしで終わり、ようやくひと段落つく予定。

すこしはほっとできるかなと思えば、
今度は実家で長年飼っているわんこ・ハルの調子がよくない。

老犬なので、いろいろ出てきても不思議はないのだが、
やはり受け容れるのにつらいものがある。

父亡きあと、いまだにしゃきっとしない母の
なぐさめともなっている存在だ。
その母にも、あらたな体調の心配ごとが出てきて…

また憂いの日々がはじまり、
長きにわたって続いていくのだろうか。

まだ見えてもいない先々を考えて思い悩んでもしかたがないが、
気持ちの晴れないことではある。

どんなことが起こっても、
どんな状況になっても、
受けとめられる自分でありたいが、
いまの自分の低下したエネルギーがなんとももどかしい。
なにかがガツンと来たとして、
とても受けとめる自信がない。


あさって日曜日には、歌の本番がある。

自分の調子も、状況も、いいときばかりではない。
むしろ、ここ数年は心配ごとばかりが続いていた。

歌も川柳もお休みした時期もあった。

はたしていまは、どうなのだろう。

それでもわたしは歌っていけるだろうか。
句をつくっていけるだろうか。

気持ちやからだや時間を、それに向けられるだろうか。

そのときどきの状況のなかで、
自分が落ちつける状態をさがしていこう。






コメント (2)
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