★★★ 芦坊の書きたい放題 ★★★

   
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第419回 クイズ感覚でお勉強 英語弁講座32

2021-04-30 | エッセイ

 毎晩、上質のウィスキーをチビチビ味わうように、少しずつ少しずつ楽しみながら読み進めている本があります。
「誤訳をしないための翻訳英和辞典」(河野一郎 DHC刊)がそれです。比較的平易な単語を中心に、誤訳、不適当な翻訳の例、意外と知られていない意味、用法などを、アルファベット順に、ごく短いコラムで紹介しています(辞書と銘打ってますが、単行本サイズで、330ページほどです)。
 誤訳を遠慮なく指摘する厳しい筆鋒も読み所です。でも、私はちょっと別の楽しみ方をしています。

 見出しの英単語に続いて、簡単な前振り(「○○って意味は誰でも知ってると思うんですが」のように)があって、英文が提示されます。と、そこでしばし立ち止まって、その単語も含めて「はて、どんな意味だろう?」とクイズ感覚で考えるのです。

 著者がそこまで意図したかはわかりませんが、自分なりに、アタリ、ハズレを判定しながら(ハズレが圧倒的に多いですが)読み進めると、いや~、楽しいこと、楽しいこと。一大発見でもした気分です。と、長めのツカミになりましたが、誤訳の厳しい指摘に相乗り出来るほどの実力もありませんので、私流でクイズ風に仕立ててみました。ちょっと講座っぽいですが、難しい単語は出てきませんので、気楽にお楽しみください。なお、カタカナを併記し、適宜、日本語の見出しにしています。

<about(アバウト)>
 「彼はアバウトな奴だ」という言い方をよくしますが「英語のaboutにそのような意味はない」の
を予備知識として、

"Is he still about?”はどんな意味でしょうか?
 「あの男、まだ元気でやってるか?」ということなんですね。関連した言い方として、
"He is up and about again." ((病気などから回復して)また元通り元気にしてる)も便利そう。

<answer(アンサー)>
 アメリカの現代小説で、街娼婦が内装用避妊具(pessary)を着けようとするので、そんなのやめてくれという主人公に、女がいうセリフ。
"Do you have the answer?"「 答えを持ってる?」って、どんな意味でしょう。
 pessaryに取って代わるモノ、解決策という連想から、この場合は、condom(コンドーム)ということになります。もちろん辞書には載ってませんから、想像力が問われますね。

<bar(バー)>
 "The American Bar Association"という有力団体があります。「これを「全米酒場協会」と訳した豪傑訳を見たことがある」と書いてあります。正しくは「全米法律家協会」なんですね。もともと裁判官と傍聴席を分ける手すり(bar)から、司法、法曹界のことを指していたとの説明で、なるほどと納得しました。酒場のbarは、西部開拓時代の酒場などで、乗ってきた馬をつないでおくための棒杭に由来すると、これは私のアタマの片隅にあった知識です。

<being(ビーイング)>
 "You are silly.”と "You are being silly."の違いを述べよ、なんて「記述式問題」が出来そうですがお分かりでしょうか?
 前者は、そもそも本質的にバカである、という人格否定にもつながるアブない表現です。一方、後者は、本当はバカじゃないのに(一時的に)そんなフリしてる、ボケを演じてる、のようなニュアンスが出ます。使い方を間違わなければ、使い勝手は良さそうでしょ。

<大きな眠り(big sleep(ビッグ・スリープ)>
 "….a local security guard found the couple in their big sleep.(TIME誌から)
地元の警備員が「爆睡中の」夫妻を発見した」とでも訳しそうになりますが・・・
 アメリカの作家レイモンド・チャンドラーの"The Big Sleep"(邦題「大いなる眠り」に由来する言葉だそうで、ずばり「死」を意味します。死んでるところを発見されたというわけで、いかにも「ハードボイルド」。こちら、チャンドラーさんです。

<creative(クリエイティブ)>
 「創造的な」というなかなか魅力的な響きを持った言葉ですが、必ずしも良い意味ばかりじゃないんですね。
 "creative accounting”のaccountingは決算を指します。"creative”な決算って、「立派で見事な」決算・・・・ではありません。
「きわめて巧妙な粉飾決算」のことなんですね。言われてみればなるほどです。
 それから、"He is quite creative."も「極めて創造性豊かな男」と褒められてるとは限りません。「型破りな、とんでもない男だ」という意味にもなるといいますから、奥が深いです。

 さて、アルファベットの"C"まで来ました。いずれ続編をお届けする予定です。

 それでは次回をお楽しみに。


第418回 変わり者天国イギリス-1

2021-04-23 | エッセイ

 「変わり者の天国 イギリス」(ピーター・ミルワード 秀英書房)という本があります。一部のエピソードは、以前(第355回「とんでもない墓碑銘」ー文末にリンクを貼っています)ご紹介しました。是非お届けしたいネタがもう少しありますので、2回に分けてお届けします。どうぞお付き合いください。

 で、本書で採り上げられるのは、イギリス人の著者の目に「変なモノ」と映った建物、造作物、景観、看板、自然など。それらを「変」と思わないイギリス人って、やっぱり「変わり者」だ、というのが彼の主張のようです。

 まずは、本の表紙を飾っているこの画像から。

 

 表紙に持ってくるくらいですから、著者お気に入りの「物件」に違いありません。
 英国のほぼ中央部、ヨークシャーの広大な原野にポツンと立つ杭に、くっきりと"PRIVATE"(私有地)と書かれた看板が打ち込んであります。
 はたして、どの程度の効果を期待してるんでしょうか?まかり間違っても、ふらふらと迷い込むような人がいるエリアとも思えませんが。
 イギリス人というのは、個人主義の国民で、プラバシーと私有財産をとても大事にする国柄とは聞いていましたが、ここまでやるのはちょっと「変」かも。

 日本だったら、フェンスとか柵でぐるっと囲った上で、「私有地につき立ち入り厳禁」なんてトゲトゲしい看板を立てるところでしょうけど、さすがイギリス。不法侵入は許さないという毅然とした主張を、柔らかく包んだ「オトナの」仕掛けです。

 続いて、こちらの画像をご覧下さい。1階の上に、2階が、さらには、3階までがせり出して、大きく道まではみ出しています。両側の窓から手を伸ばせば届きそうなアブない光景です。

 
 
 場所は、イングランド北部の古い街ヨークのシャンブルズ(The shambles(肉売台、食肉加工場の意))と呼ばれる地区です。かつては、この先に、食肉加工場があったことから、こう呼ばれている繁華な通りです。
 中世の時代、ゴミや、糞便などは、窓から道路に投げ捨てるのが、当たり前でしたから、こんな構造の方が「便利」といえば「便利」だったんでしょう。でも、いまだにこんな建物を放置しておく方もしておく方で、やっぱり「変」。

 さて、こちらは、アイルランド島との間にあるマン島のカトリック教会のガラス窓です。

 

 ガラスに彫り込まれている人物は、もちろんキリストです。下の方が、濃い青色になっています。これは、アイルランド海そのものを「借景」として「ガリラヤ湖」(キリストが周辺で布教を行い、また、その水の上を歩くという奇跡を起こしたとされる湖)に見立てているわけです。こちらはちっとも「変」じゃなく、なかなか「粋な」仕掛けじゃないでしょうか。

 最後にご紹介するのは、風光明媚なことで知られる湖水地方にある1軒の民家です。

 

 左右の窓と見比べてもらうとお分かりのように、随分開口の低い玄関ドアです。本書には、サイズが書いてないのですが、1メートル20~30センチくらいじゃないでしょうか。
 ですから、その上の白木の板に注意書きがしてあります(右の拡大画像をご覧下さい)。
 "BEND OR BUMP"(かがみなさい、さもないとゴツン)と読めます。

 "B"と"B"で韻を踏み、簡潔で、力強い警告です。結構立派な庇(ひさし)とアーチを取り付けてますから、予算不足で、急遽ドアの高さだけをケチった、というわけでもなさそう。この警告看板が付けたい一心で、わざわざ小さくしたのかなと勘ぐってるんですけど、やっぱり「変」。

 イギリス人の「変」ぶりはいかがでしたか?パート2はいずれお送りする予定です。
 冒頭でご紹介した記事(第355回「とんでもない墓碑銘」)へのリンクは<こちら>です。

 それでは次回をお楽しみに。


第417回 世界の日本語マニアたち

2021-04-16 | エッセイ

 日常、当たり前に使いこなしてるんですけど、「外国語としての日本語は難しい」と考えている日本人が多そうです。

 漢字、カタカナ、ひらがなの3種類もの文字があります。「て、に、を、は」の使い分け、欧米の言葉とは違う語順、周辺に似た言葉がないなど、ハードルが高そうです。そんな日本語を勉強するのは、デーブ・スペクターみたいな「変な外人」だけじゃないの・・・・そんな見方を一変させる本と出会いました。

 少し前に、日本にいる外国人のための日本語学校での悲喜交々、てんやわんやを、コミックエッセイ「日本人の知らない日本語」(蛇蔵&海野凪子 メディアファクトリー)をネタに、お届けしました(第229回 外国人にとっての日本語ー文末にリンクを貼っています)。

 同シリーズの第4巻では、フランス、ドイツ、イギリスなど、ヨーロッパの7カ国で、日本語を学ぶ学生さん達の姿を、生き生きと描いています。

 あまり役に立ちそうになくて、しかも「難しい」日本語を、なぜそんなに熱心に勉強するのか。
 日本人でも読みこなせないような古典に取り組む学究肌の人がいる一方、マンガ、アニメ、アイドル、コスプレといった日本独特のカルチャーに触れて、日本語にも興味を持った、という若者が、本書の中では一杯登場して、なるほどと感じます。
 学ぶ人の数こそ少ないものの、「熱さ」だけならどこにも負けない彼ら日本語マニアの奮闘ぶりをお伝えします。

 パリの大学での日本語会話の授業。「ルームメイトに掃除をさせる」というお題が出ました。
「おまえ 掃除 約束した 守れ 守らない 嫌い」
 だいたいが、こんなレベルですが、あまりにも日本語がうまくて、授業を免除されてるグリーン君の答えは、こんな具合。
「なあ~、俺ら一緒に暮らして長いじゃん?言いたくなかったけど、最近のお前にはマジ耐えらんね。掃除するって約束も守んね~し」
 日系航空会社でのバイト経験があり、キチンと敬語も使いこなせるんですが、キムタク風の日本語も操れる・・・・こんな人材がいるんですね。

 ベルギーのゲント大学の院生クラスの授業は、貝原益軒の「養生訓」の原文をテキストに、東洋医学と西洋医学の違いにも言及するハイレベルな内容。
 文中に「文禄の朝鮮軍」という言葉が出て来て、先生から質問が飛ぶ。「この軍を指揮したのは?」
「豊臣秀吉」「実際の指揮は一番隊隊長小西行長、二番加藤清正、三番黒田長政です」との答えがすぐに帰ってきました。
 日本語を超えて、(私ら以上に)日本の歴史にも通暁してるのに参りました。

 次は、イギリスですが、同書によれば、中高一貫校の中には、中学から日本語を学ぶ部活があって、2万人が日本語を習っているというから驚きです。現地で、著者の二人を出迎えてくれたのは、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院の学生ティーさん(男性)とエルさん(女性)。

 観光案内の合間に、いろいろ質問が出ます。
 ティーさんから「鳥の数え方は、一鳥、二鳥(いっちょう、にちょう)でしたっけ?」
 「いえ、一羽、二羽です」
 「でも、一石二鳥って言いますよね」
 「・・・・」
 エルさんからは、「高橋みなみが、AKB48に受かったのは、誕生日が、4月8日だからって、本当ですか?」と訊かれて、こっちも大変そう。アイドルの国際化もここまで来てるんですね。

 チェコの女子学生さんからは、日本のカタカナを覚えるために工夫された教材を、見せてもらってます。例えば、「エ」は、エレベーターの「エ」で、扉の上の線と下の線、そして、扉の合わせ目をなぞって、「エ」となります。
 「ノ」は、「ノルウェー」の「ノ」。細長い国の地図をなぞるように「ノ」が書いてあるから、いやでも覚えられそう。
 「ロ」は、ロボットの「ロ」。さすが、カレル・チャペックの国。絵柄はお分かりですよね。
 「セ」は、なんと「セクシーボーイ」の「セ」。ご覧の通り(同書から)です。これなら忘れようがないと思うんですけど、そこまでやる?

 

 海外の皆さん方、苦労しながらも、楽しく「日本語」を勉強されてるみたいで、嬉しくなります。レベルの高さ、学生さんの熱意にも驚かされました。日本人も彼らに負けず、というか、お返しとして、もう少し外国語(特に英語)頑張らなきゃ、なんて思います。
 そして、(一応)自由自在に操れる日本語だけでも、もっと大事にしようとも考えました。日本語を操れるって、スゴいことなんですからね。
 第229回「外国人にとっての日本語」へのリンクは<こちら>です。あわせてお読みいただければ幸いです。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。


第416回 謎だらけの天体ー月<旧サイトから>

2021-04-09 | エッセイ

 <旧サイトから>の第4弾になります。「月をめぐる謎」のタイトルで、2014年7月にアップしたものを改題し、一部に手を入れました。身近な天体である「月」の成り立ちや、地球との関係などが、実は、な~んも分かってない、謎だらけだ、という話題です。コンパクトにまとめたつもりですので、是非最後までお楽しみください。

★ ★以下、本文です★ ★

 月はもっとも身近な天体です。1969年から1972年にかけてのアポロ計画では、12人の宇宙飛行士が、月面に降り立ち、延べ300時間以上にわたって月面を調査し、合計約370キロもの岩石などの試料を地球に持ち帰っています。初めて月面に降り立ったアポロ11号のアームストロング船長です。

 これだけ探査が進んだのだから、月の謎はだいぶ解明されたのかなと思いきや、謎は深まるばかりで、科学者、専門家もお手上げだというのです。ある本によれば、アポロ計画の結果、新たに11の謎が生まれたと書いてあります。その中から、月の起源、成り立ちに焦点を当てて紹介することにします。

 月の起源をめぐる従来の学説は、主に3つ。ひとつは、地球誕生と同じ頃に、宇宙のガスとチリから生成された、とするもの。もうひとつは、月は、地球から飛び出して行ったいわば「子供」であって、太平洋がその跡だというもので、いずれも、まぁ、穏当なものです。

 ところがこの2つの説は、あえなく否定されてしまいます。アポロが持ち帰った岩石の99%が、地球の最も古いとされる岩石の90%より古いことが分かったのです。
 地球上で発見された一番古い岩石は36億年前のもので、そこから地球の年令は、46億年と推定されています。ところが、月の石の中には、43億年、46億年などというのはざらにあって、なんと53億年と推定されるものが見つかっているのです。しかも、これらの岩石は、月のごく表面のいわば「若い」層から採集されたもので、本当の年令は更に古いはずですが、結論は出ていません。

 また、地球と月の組成がかなり違うということも、この二つの学説を否定する根拠です。地球から見て黒く見える部分には、チタン、ジルコニウム、ベリリウムなど地球では希少な金属類が大量に含まれていることが分かりました。これらの金属が、岩に溶け込むためには、2500度(摂氏)という高温が必要で、これには学者も説明に窮しています。

 さて、残るひとつの学説は、月という天体が、どういうわけか、たまたま地球の引力圏に引き込まれて、現在の軌道を回るようになった、というもの。地球と関係がない天体だとすれば、どこからか飛んできたとでも考えるしかないわけですが・・・・

 しかし、近くまで来ることはあったとしても、地球の引力が勝れば、地球と衝突します。月のスピードが勝れば、飛んでいってしまいます。お互いに付かず離れず絶妙の距離を保ち、常に同じ面を向け、しかも地球と一緒に太陽のまわりを公転する・・・どんなコースで接近したらこんなことが可能になるのでしょう?奇跡としか言いようがありません。仮に月がロケットだとしたら、微妙な加速と減速を繰り返しでもしない限り不可能です。

 前の二つの学説が否定されて、脚光を浴びかけたのですが、相変わらずトンデモ系の学説どまり、というのが現状です。

 締めくくりとして、NASAの科学者ロビン・ブレット博士のやけくそ気味な発言を紹介します。
「月が存在していることの証明より、存在していないことの証明の方が、私にはずっと簡単に思える」

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。


第415回 明治4年の修学旅行

2021-04-02 | エッセイ

 洋の東西、時代を問わず「歴史」にことのほか興味があり、いろんな本を読んできました。最近は、年齢的なことなどもあり、あまりに大部なもの、掘り下げたものには手が伸びません。手軽に知識の整理が出来そうなもの、ちょっとした発見がありそうなものを中心に書店の棚を渉猟しています。

 そんな中、格好の一冊を見つけました。「もう一度!近現代史 明治のニッポン」(関口宏/保阪正康 講談社)がそれです。

 対談という形で、慶応3(1867)年の大政奉還から、明治45(1912)年の明治天皇崩御までの出来事を、47の章立てで、順を追ってカバーしています。
 各章は5~6ページ程度とコンパクトですし、対談なので読みやすいです。タレントの関口氏も、(たぶん)だいぶ準備、勉強したのでしょう。その成果を発揮して、うまく話題を展開しています。
 ノンフィクション作家の保阪氏も、歴史的評価とか、歴史観など小難しい話には踏み込まず、事実と背景に絞った説明が明快です。

 そんな中から、明治の高官たちの修学旅行ともいうべき「岩倉使節団」を、豊富なエピソードとあわせ紹介することにします。

 歴史の授業で習った覚えはありました。でも、元・公家の岩倉具視をリーダーとする海外視察団が出発したのは何と明治4年11月というのが驚きです。
 新しい国作りで多事多難なはずのこの時期に、大久保利通、伊藤博文、木戸孝允などまさに中枢の人物を含む107名の使節団を送り出したのですから、大胆です。一行のこんな写真が残っています。左から、木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通です。岩倉の頭にはチョンマゲが乗っています。

 「意地の悪い見方をすると、岩倉さんや大久保さんは日本を背負うのが面倒になったかなという気もしますが・・・」との関口の発言に、「彼らには、敵も増えているんです。これまでかなり強引にやってきましたからね。大久保は西郷を、岩倉は三条(実美)を日本に残すことで、自分たちへの恨みをさりげなく逸らす狙いもあったかもしれませんよ。」と応える保阪。

 重大な決定をしないようクギは刺していましたが、留守政府に好きにやらせてのガス抜き。確かにそんな政治的な狙いがあったかも、と目からウロコが落ちました。

 一行がまず向かったのはアメリカです。サンフランシスコまで1ヶ月の船旅、開通したばかりの大陸横断鉄道でさらに1ヶ月。到着したワシントンでは、グラント大統領ほか政府の要人から大歓迎を受けます。
 使節団の目的の1つが、幕末に結んだ不平等条約改正の「予備」交渉でしたが、あまりの歓迎ぶりに浮かれたのでしょうか、「本」交渉に入ってしまいました。やれ天皇の委任状が必要だ、5カ国で結んだ条約だから単独での変更は無理など、すったもんだの挙げ句、アメリカは条約の変更を拒否します。日本にとっては、ほろ苦い外交交渉デビューとなりました。

 次いで彼らが向かったのはイギリスです。すでにロンドン地下鉄が開通するなど先進ぶりを誇る国内の各地を視察しています。世界の国々の発展ぶりを視察するのがもうひとつの目的とはいえ、まるで「オトナの修学旅行」です。そんな中、「世界の工場」として、外国から原料を輸入して輸出するイギリスの方式が富国の基本だと見抜いていた大久保の冷静さが光ります。

 そこでとんでもない事件が起こりました。旅費を預けていた銀行が破綻して、2万5000ドル(現在の価値で約5億円)が消えてしまいました。当時、欧州にいた日本人留学生の間で作られた狂歌です。
 「条約は結び損ない 金とられ 世間に対してなんといわくら」(同書から)
 なにしろ初めての海外ですからね。狂歌の作者にザブトン1枚!。

 海外初体験の日本人ならではのエピソードも残っています。ナイフやフォークを使っての食事には苦労したようです、また、現地では、男子は和服から背広に着替えたのですが、なにしろ不慣れですから、用を足す時に、スムーズに脱げません。間に合わずつい・・・ということが多く、アメリカの船員たちは「なんで日本人はあんなに小便臭いんだ」と言っていたといいます。

 また、アメリカの広大なホテルでは、「小さな部屋に入れられ、あっという間にドキンと動いて吊上げられた」とエレベーターに驚いたエピソードが「特命全権大使米欧回覧実記」(久米邦武)から引用・紹介されています。

 その後、フランスなどヨーロッパの10カ国を回って帰国したのは、予定を大幅にオーバーした1年10ヶ月後。旅費は50万円、現在の価値で100億円という豪勢なものでした。
 留守政府も、鉄道の開通、富岡製糸場の操業など文明開化に取り組む一方、徴兵令の発布があり、征韓論をめぐって国論が二分なんて出来事もありました。

 いいことばかりではなかったですが、スピード感に溢れた、ダイナミックな時代だったことを痛感します。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。