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第355回 とんでもない墓碑銘-英語弁講座26

2020-01-31 | エッセイ

 いきなりですが、クイズです。

 下の画像は、ご覧の通り、あるイギリス人の墓碑銘ですが、誰の墓でしょうか?
 一番下に、" WHO DIED MAY 31.1832. AGED 33 YEARS." とありますから、1832年に、33歳で亡くなってるんですね。

 ヒントです。イギリスの場合、墓碑銘はよく"Here Lies ○○"(ここに◯○が眠る)という形を取ることが多いのですが・・・・・

 画面が小さくて申し訳ありませんが、お分かりになりましたか?
 タテ(上下)でもヨコ(左右)でもいいですから、"HERELIES”という文字列を探してください。真ん中辺りにいっぱいありますね。そこから方向転換(上下、左右)をすると、
 "JOHNRENIE"という文字列が、あちこちにつながって見つかるはずです。中央から右下にかけての、一例です。

故人の名前は、"John Renie"(ジョン・レニ)だったというわけで、なんとも凝ったというか、人を食った墓碑銘です。

 この墓のことを知ったのは、「変わり者の天国イギリス」(ピーター・ミルワード 秀英書房)です。イギリス各地にあるちょっと変わった建築物や遺物などを紹介した本で、この墓も、ウェールズ南東部グウェント州の教会墓地に実在します。

 著者によれば、これは、アクロスティック(acrostic)と呼ばれる言葉遊びの一種だといいます。この場合は人名ですが、その文字列を、一定のスペースの中に、うねうね、くねくねと埋め込んで、人を惑わせ、面白がる趣向というわけです。

 実は、同書を読んだ時には、載っている写真がまったく不鮮明で、その仕組みや面白みが分かりませんでした。それならと、"acrostic"と"tomb"(墓)で検索したら、この画像が見つかって、「なるほど、これかぁ」となった次第です。ネットの威力をあたらめて実感しました。

 さて、その時、これぞ、シンプルにして、明解なアクロスティックの墓碑銘というのが、ついでに見つかりました。こちらです。

 故人の名はJOHNです。

 オマエの体と魂を解放しな
 パワフルな翼を広げてよ~
 高ェ~山を登るんだ
 空中高く足を蹴り出せ
 今やオマエは永遠を生きているようだな
 でもこの地球に帰ってきてもいいんだぜ
 今いる場所の居心地がよくなけりゃな
       オマエを寂しがってるダチ公より

 あえて伝法に訳してみましたが、なかなか気の利いた墓碑銘でしょ。でも、各行の左端の1文字だけをタテに読むと、
 "FUCK YOU”というとんでもないメッセージが隠されてました。こういうシンプルなのが、本来のアクロスティックという手法のようですね。

 手の甲を相手に向けて、中指だけを立てて相手に突き出すと、間違いなくケンカに発展する侮辱的なサイン(fuck signといいます)です。さらに、この"FUCK YOU"の言葉を加えれば、ど突き合いのケンカになること請け合いな最大級(?)の罵詈雑言です。

 なんでこんな「とんでもない」アクロスティックにしたんでしょう。
 たぶん「なんでオマエだけが先に死ぬんだよ。俺たちを置いて行きやがって、このバカヤロー」
 そんな気持ちが込められているんじゃないでしょうか。ホントに心を許し合った友だち同士だからこそ許される、ある意味で愛情溢れる仕掛けに思えてきました。

 くれぐれも、本気で(英語圏の人と)ケンカする時以外は使わないようにして下さいね。

 いかがでしたか?次回をお楽しみに。


第354回 江戸の難解俳句を楽しむ

2020-01-24 | エッセイ

 俳句は十七文字に思いを込めますから、時に、いろんな読み方、解釈が可能だったりします。まして、江戸時代の俳句となると、観賞するにも、時代風俗、習わしに加えて、当時の文人にとっての教養である古典の知識なども必要となることが多そうです。

 芭蕉の有名な門人に其角(きかく。姓は宝井、母方の榎本とも)がいます。

・闇の夜は吉原ばかり月夜かな
・夕すずみよくぞ男に生まれけり
・我が雪と思へばかろし笠の上

 などがおなじみの句ですが、文化十三年刊の「俳家奇人談」では、「其性たるや、放逸にして人事に拘らず、常に酒を飲で、其醒めたるを見る事なし」とありますから、大酒飲みで人付き合いも悪く、やっかいな人物であったようです。こんな画像が残っていて、いかにもと思わせます。

 さて、そんな其角の作品の中から、今では難解となっている句の解釈に作家の半藤一利氏が挑んだのが「其角と楽しむ江戸俳句」(平凡社ライブラリー)です。古典的教養を必要としない市井の風俗を扱ったジャンルで、「難解な句」を、彼のガイドで読み解いていくことにします。
 
<御秘蔵に墨をすらせて梅見哉>
 「御秘蔵」をどう解するかがポイントです。前書きに「四十の賀し給へる家にて」とあるのがヒントになります。お分かりですか?
 四十歳を迎えた貴人の祝宴に招待された其角。家の主から、こいつに、とご寵愛の妾を指しながら、墨をすらせるから、一句詠めとのリクエストでも出たんでしょう。「御秘蔵」というからには、とびきりの美人に違いありません。そんな相手へのあてつけ、反骨ぶりも読み取れる一句です。

<朝ごみや月雪うすき酒の味>
 「朝ごみ」で氏もだいぶ苦労したようですが、当時の島原遊郭でのルールと分かりました。ここでは、夜10時になると惣門を閉じて、昼間の客を帰し、泊まりの客だけを残します。午前4時に門を開き、泊まりの客と、朝ごみ(朝から登楼する)客とを入れ替えるのです。
 早朝割引みたいなものもあったのでしょうか、明け方に人目を忍ぶように、慌ただしく、ちょんの間を楽しむ・・・・月とか雪などの風流とは無縁の世界です。其角の通人、遊び人ぶりを窺わせます。

<日本の風呂吹きといへ比叡山>
 風呂吹きといえば大根です。厚切りの大根をよく煮込んだのをフーフーいいながら食べるのが美味しいです。その昔、浮世風呂で、湯女(ゆな)が、湯気の立っている客の体に息を吹きかけて垢を落とすサービスがあり、これを「風呂吹き」と称したのがいわれとされます。
 とそこまではいいのですが、なんで比叡山なんでしょうか。天台宗の総本山延暦寺がありますが、ここはかつて「天台根本三千院」と呼ばれていました。「台根」ー>「大根」というのが、氏の読み解きです。言葉遊びだったんですね。なるほど。

<鐘つきよ階子(はしご)に立ちて見る菊は>
 江戸市中には、9カ所の公認鐘つき場があり、2時間ごとに鐘をついて、時を知らせました。その役目を担う男に呼びかけた何気ない句のようですが、氏の読みは深いです。これは明け方の鐘に違いない。おおかた、其角は敵娼(あいかた)と枕を並べて聞いていたのではないか。あっちは朝早くからご苦労様ねぇ、などと睦言を交わしながら・・・・私も賛成です。

<窓銭のうき世を咄(はな)す雪見かな>
 「窓銭(まどせん)」というのは、殿様が財政難対策として、窓に税金をかけたものです。南向きの窓ひとつで、米2升とられたといいますから、そこそこの負担だったはず。其角の時代にはありませんでしたが、庶民の記憶には残っていたのでしょう。長屋住まいで、窓を開ける壁もない、カネもない、などと御政道への不満をこぼす姿が目に浮かびます。

<涼風や與一をまねく女なし>
 前書きには、戦さの絵が描かれた扇への讃を求められて、とあります。与一で親しんできましたが、與一とは、「那須与一」のこと。平家の方から漕ぎ出した小舟に若くて艶やかな女が乗っている。竿に挟んだ扇を立てて、「これを射よ」とばかりにさし招く。平家物語の有名なエピソードです。
 扇からの連想ですが、そんないい女いるわけないよな、と自虐句の趣きです。

<酒ゆえと病を悟る師走かな>
 最後は説明不要の句。酒好きの方へ、そして私自身への自戒の念も込めて贈ります。くれぐれもご自愛ください。

 いかがでしたか?次回をお楽しみに。


第353回 ひけらかしコメント集−2

2020-01-17 | エッセイ

 早いもので、この1月19日で、居庵さんが亡くなって丸1年です。私の記事にこまめに「ひけらかし(ご本人の弁)コメント」をいただいた感謝の念と、喪失感は今も続いています。
「なんだオメェ、オレのコメントをネタに、古い記事を読ませようという魂胆だなっ!」と叱られそうです(半分はホントです)が、1周忌ということで、前回(第303回)の続編としてお届けします。故人を偲ぶきっかけにしていただければ幸いです。<  >内が居庵さんのコメントです。

<私も、パートで「飲み屋」をやったことが何回かあります。7時頃に、新橋の小料理屋さんから電話が来る。
「ねぇ居庵ちゃん、お店に来られる?」「いけますけど」「AさんとBさんが来ているけれど、あの二人、いつも喧嘩になるから」
行くと、二人の間に座らせられる。ま、飲み代はその日はただですけれど。>

 スタンドバーは、ひとりでふらっと気軽に行ける店だ、というのを話題にした時(第279回)のコメントです。仲の悪い客同士の間に割って入る仕事なんて、私のいきつけの店でも防衛隊募集中とか。

<30年ほど前にフランクフルトの空港に何回か行きました。驚いたのは、空港に2店ポルノショップがあると言うことです。驚くことはさらにあって、好みのジャンルによってきちんと分けて展示されているということでした。「ゲイ」、「スカトロ」、「SM」・・・ドイツ人と日本人は似ているとよくいわれますが、とんでもない。ドイツは、とんでもない感性の文化だと思います。ポルノ映画について言わせていただければ、フランスは情があります。ドイツ、北欧は、体操の世界。アメリカは、どうしてもカウボーイ。イギリスは美学。>

 神保町にあるユニークな品揃えの古書店を話題にしたら(第273回)、こんな知性(痴性?)と国際性にあふれたコメントが返ってきました。根は好きだったみたいです。

<昔、フルートを吹いていました。バッハやテレマンを練習していたのですが、そのうちジャズをやってみようと思いつきました。でも、聴いているだけでは駄目だ。楽譜を探しました。見つけました「ジャズフルート入門」。む、むづかしすぎる。そして、楽譜はすべて手書きでした。断念。>

 豊かな趣味人という顔もお持ちでした。昭和20年代に活躍した知る人ぞ知るジャズピアニスト守安祥太郎のネタ(第256回)に食いついていただいたのがこのコメント。「断念」というのが、らしくないですが。

<私、25年間自動車雑誌の翻訳をやっておりました。〆切?守ったことは、ほぼありません。一応、毎月14日が〆切だったのですが、本当のどうしようもない〆切は、18日。
そんな私が、なぜ仕事を続けられていたのか。まあ、翻訳が上手いということもありますが、編集者たちと飲み仲間だったので、進行状況が聞けたのです。
でも、それよりも、遅く入った原稿を徹夜して翻訳する誠実さが、信頼されていた。ワインを飲みながら。いよいよとなったら、力を発揮する。まあ、いよいよとならなければ、力が発揮できないともいえますけれど。>

 たぶん御本人が一番誇りに思っておられた仕事にかこつけてのコメントで、「ひけらかし」オーラ全開の感があります。原稿の〆切と戦う作家たちを話題(第226回)に取り上げたのが、ツボにハマったようです。

<一人の坊さんが、沈黙の行をやっていた。そこに小坊主が障子を開けて、灯が揺らいだ。
「大切な行なのに、気をつけろ」
「おいおい、話しているではないか」
しばらくして長老が、
「黙っているのは、わしだけだ」
気楽にしゃべりましょ。>

 落語も趣味のひとつでしたから、イギリスの「沈黙クラブ」(会では、全員沈黙するのが規則という実在した変なクラブ)の話題(第175回)にもこんな軽い小咄が返ってきて、頬が緩みました。

<私、「天神橋筋七丁目」に仕事先がありました。天六は、いいですねぇ。なにしろ、町に2軒もストリップ劇場があった。いたるところにパチンコ屋があって、喫茶店のモーニングは充実。昼は、きつねうどんにかやくご飯。天かす、食べ放題。夜は蛸の天ぷらで飲んで、締めは商店街の角にあった博多ラーメン。あいまい宿に泊まって、また翌日は仕事。仕事に区切りがついたら、茶碗蒸しにてっちり。秋なら、ちょっと奢って土瓶蒸し。かしましい天六の商店街は、大好きです。>

 山形のご出身でしたが、大阪での勤務経験もあり、「大阪弁講座」などの関西ネタにもよく食いついていただきました。大阪の地名を話題にした時(第168回)のコメントです。大阪を愛する気持ちがあふれて、あ~、涙が出そう。こちらは天神橋筋商店街です。

 いかがでしたか?あらためて、居庵さんのご冥福をお祈りします。それでは次回をお楽しみに。


第352回 関西商法の秘密ーえべっさん編

2020-01-10 | エッセイ

 この記事をアップしている1月10日は、なんの日かと関西人に訊いたら、「えべっさん」との答えが返ってくるはず。
 「今宮(いまみや)戎神社(大阪市)」や、「西宮(にしのみや)戎神社(兵庫県西宮市)」に代表される神社と、そこで、例年の1月10日を中心に、その前後を含めた3日間行われる「十日戎」という祭事のことです。お正月らしく、このおめでたい話題をお届けします。

 七福神のひとりで、農業の神とも漁業の神ともされる「戎(恵比寿とも)さん」ですが、関西では、もっぱら「商売繁盛」にご利益がある神様として絶大な人気です。そんな「えべっさん商法」の秘密を、バチが当たらないよう気をつけながら解明してみます。

 いろんな形で仕事、商売にかかわっている人で「商売繁盛」を願わない人はいませんから、「商売繁盛」というコンセプトは魅力的で、ターゲットも大きいです。
 大阪で仕事をしていた時は、職場をあげて、今宮戎にお参りするのが恒例でした。商売繁盛の祈願ですから(サボりも兼ねて)結構早い時間から、堂々と出かけられます。ご祈祷料もしっかり払って、念入りに祝詞もあげてもらいました。なんのかんので時間をつぶして、最後は、近くの飲み屋の「商売繁盛」に貢献する、というのも恒例でしたが・・・
 そう広くもない今宮神社境内の喧騒ぶりです。

 考えてみると、3日間という設定がなかなか戦略的です。9日を「宵宮」、10日を「本宮」、そして11日を「残り福」と称します。「残り福」なんてなかなかニクい命名です。「3日のうちの最後の日でもご利益ありまっせ」と言わんばかり。
 これが仮に、1週間とか、1月とか続く祭事だと、間延びします。「まあ、そのうち、出かけよか」と思ったまま、結局行かなかったりということも起こりがち。
 たった3日間というのが緊張感ありますし、仕事が忙しい人でも、3日のうちなら、なんとかやり繰りできそうです。
 初詣で、しっかり「集客」してるはずなんですけど、すぐの十日戎で更なる集客に努めるーさすが「商売上手」です。

 さて、「十日戎」に参詣する人の一番のお目当てであり、神社にとっても「大切」なのが、「福笹」の販売です。

 まず、売り手は、若い女性限定で「福娘」と呼ばれます。「神子(みこ)さん」というタテマエですが、毎年、年末の時期になると、神社主催で、採用オーディションが行われます。格好の年末ニュースネタで、十分に前景気とオッちゃん達のスケベ心を煽ろうという作戦です。

 十日戎の本番では、境内に設けられた臨時の販売所に、神子さんの装束をした福娘さんが、そう20人くらいが並んで、「商売繁盛で笹持って来い」「商売繁盛で笹もって来い」の掛け声とともに、「販売」に精を出します。

 大阪のオッちゃんは、可愛い娘(こ)から買うのがご利益があると信じるんですね。
 「わいは、右から2人目がエエと思うけど、あんたはどや?」「わしは5人目のポチャッとしたのがタイプかな」などとケシカラヌ品定めをしながら、お目当ての福娘の前へ進んで、いよいよ福笹の購入です。

 その福笹ですけど、竹の笹(長さ70~80cmほどで、これ自体は無料)に、「吉兆」と呼ばれる縁起物を付けてもらいます。ユニークなのは、自分の好みの「吉兆」を選んで、いわばオーダーメイドするシステムであること。
 紙とかプラ製の小ぶりなものですが、商売繁盛のお札のほか、鯛、千両箱、米俵などおめでたいグッズが10数種くらい揃っています。だいぶ前の記憶ですが、ひとつ200~300円程度で、7~8個くらい付ける人が多かったようです。
 その販売風景です。

 「この「百億円札」なんかどうですかぁ?」
 「でへへ、ほなら、それも付けといてもらおか」そんなやりとりを想像します。

 自分で選ぶ楽しみ、(オッちゃんの場合は)若い女の子とやりとり出来る楽しみ、そして、商売繁盛のご利益もある・・・・単なる売り買いを超えたパフォーマンスとして、なかなかよくできた仕組みじゃないでしょうか。
 参詣に訪れた善男善女の商売繁盛を請け負いつつ、自分もしっかり商売する・・・関西では、神社も「商魂」たくましいです。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。

<追記>以前お届けした「関西商法の秘密へのリンクです。「広告宣伝編(第235回)」「立ち飲み編」(第257回)「鉄道編」(第280回)

 合わせてご覧いただければ幸いです。


新年のご挨拶

2020-01-01 | エッセイ

 あけましておめでとうございます。

 日頃のご愛読に感謝し、また、干支にちなんで、デジタル年賀状を手作りしてみました。


 高さ8cmほどの木彫りの置物です。野菜が詰まった木の桶に4匹(1匹は向こう側)のネズミが群がっています。20年ほど前に、北京に行く機会があって、市内の骨董街で購入しました。
 なかなか難しいモチーフだと思うんですが、3匹のネズミの表情が愛くるしくてキュートでしょ。私の大事な一品です。

 そういえば、何回目かの年男です。幼稚園の頃、よく「チュー公」「チュー公」と呼ばれていたのを思い出します。ほかの多くもネズミ年で「チュー公」のはずなんですけどね。親から教えられた干支を自慢げに吹聴してたからかな、などと今となっては想像するしかありません。

 新年にあたり、皆様方のご健勝、ご多幸を心からお祈り申し上げます。

 なお、通常の記事は、1月10日(金)からアップの予定です引き続きご愛読ください。

 2020年 元旦 芦坊拝