毎晩、上質のウィスキーをチビチビ味わうように、少しずつ少しずつ楽しみながら読み進めている本があります。
「誤訳をしないための翻訳英和辞典」(河野一郎 DHC刊)がそれです。比較的平易な単語を中心に、誤訳、不適当な翻訳の例、意外と知られていない意味、用法などを、アルファベット順に、ごく短いコラムで紹介しています(辞書と銘打ってますが、単行本サイズで、330ページほどです)。
誤訳を遠慮なく指摘する厳しい筆鋒も読み所です。でも、私はちょっと別の楽しみ方をしています。
見出しの英単語に続いて、簡単な前振り(「○○って意味は誰でも知ってると思うんですが」のように)があって、英文が提示されます。と、そこでしばし立ち止まって、その単語も含めて「はて、どんな意味だろう?」とクイズ感覚で考えるのです。
著者がそこまで意図したかはわかりませんが、自分なりに、アタリ、ハズレを判定しながら(ハズレが圧倒的に多いですが)読み進めると、いや~、楽しいこと、楽しいこと。一大発見でもした気分です。と、長めのツカミになりましたが、誤訳の厳しい指摘に相乗り出来るほどの実力もありませんので、私流でクイズ風に仕立ててみました。ちょっと講座っぽいですが、難しい単語は出てきませんので、気楽にお楽しみください。なお、カタカナを併記し、適宜、日本語の見出しにしています。
<about(アバウト)>
「彼はアバウトな奴だ」という言い方をよくしますが「英語のaboutにそのような意味はない」の
を予備知識として、
"Is he still about?”はどんな意味でしょうか?
「あの男、まだ元気でやってるか?」ということなんですね。関連した言い方として、
"He is up and about again." ((病気などから回復して)また元通り元気にしてる)も便利そう。
<answer(アンサー)>
アメリカの現代小説で、街娼婦が内装用避妊具(pessary)を着けようとするので、そんなのやめてくれという主人公に、女がいうセリフ。
"Do you have the answer?"「 答えを持ってる?」って、どんな意味でしょう。
pessaryに取って代わるモノ、解決策という連想から、この場合は、condom(コンドーム)ということになります。もちろん辞書には載ってませんから、想像力が問われますね。
<bar(バー)>
"The American Bar Association"という有力団体があります。「これを「全米酒場協会」と訳した豪傑訳を見たことがある」と書いてあります。正しくは「全米法律家協会」なんですね。もともと裁判官と傍聴席を分ける手すり(bar)から、司法、法曹界のことを指していたとの説明で、なるほどと納得しました。酒場のbarは、西部開拓時代の酒場などで、乗ってきた馬をつないでおくための棒杭に由来すると、これは私のアタマの片隅にあった知識です。
<being(ビーイング)>
"You are silly.”と "You are being silly."の違いを述べよ、なんて「記述式問題」が出来そうですがお分かりでしょうか?
前者は、そもそも本質的にバカである、という人格否定にもつながるアブない表現です。一方、後者は、本当はバカじゃないのに(一時的に)そんなフリしてる、ボケを演じてる、のようなニュアンスが出ます。使い方を間違わなければ、使い勝手は良さそうでしょ。
<大きな眠り(big sleep(ビッグ・スリープ)>
"….a local security guard found the couple in their big sleep.(TIME誌から)
地元の警備員が「爆睡中の」夫妻を発見した」とでも訳しそうになりますが・・・
アメリカの作家レイモンド・チャンドラーの"The Big Sleep"(邦題「大いなる眠り」に由来する言葉だそうで、ずばり「死」を意味します。死んでるところを発見されたというわけで、いかにも「ハードボイルド」。こちら、チャンドラーさんです。
<creative(クリエイティブ)>
「創造的な」というなかなか魅力的な響きを持った言葉ですが、必ずしも良い意味ばかりじゃないんですね。
"creative accounting”のaccountingは決算を指します。"creative”な決算って、「立派で見事な」決算・・・・ではありません。
「きわめて巧妙な粉飾決算」のことなんですね。言われてみればなるほどです。
それから、"He is quite creative."も「極めて創造性豊かな男」と褒められてるとは限りません。「型破りな、とんでもない男だ」という意味にもなるといいますから、奥が深いです。
さて、アルファベットの"C"まで来ました。いずれ続編をお届けする予定です。
それでは次回をお楽しみに。