A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 506 汗をかく

2017-05-27 23:16:50 | ことば
私は日毎に酢っぱくなる
古漬のきゅうりのように。

家には玄関も台所も窓もある
けれどそれらは
どこに向かってひらいていたろう。

私は絶望した、
運命ではない
けれど私ひとりの非力でもない
ここには、のがれられないものがあるのだ。

旧式な漬物桶のように
日本の家庭の隅に置かれてある
手を入れればクサくなる
ぬかみそのようなもの。

しかも日常
食事にはかかせないという
アジのあるもの
愛と呼ぶにはみすぼらしく
ギセイというには大げさな
常にこねまわされ、慣らされた
陰湿な、この重たさ。

桶の上には石がひとつ。
私の生活を圧してくる。

それなら味を出します、
私が生まれてきたのは
何ひとつ得るためではなかった、と。
みんな失うために
あげるために
生まれてきたのだと。

きゅうりはやせる
しょっぱい汗をかく。

伊藤比呂美編『石垣りん詩集』岩波書店(岩波文庫)、2015年、250-252頁。

私は古漬けのきゅうりの味をだせているだろうか。




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