A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

BOOK CROSSING

2007-12-05 23:59:45 | Weblog
例えば、古本屋で1冊の書物を手に取り、いつ誰がどんな理由で買い、読んだ本なのだろうと想像したことはないだろうか。
あるいは、喫茶店でも食堂でも銭湯でも路上でもいい。なぜここにこのような本が置かれているのだろうかと思ったことはないだろうか。
もし、そんな想像が誰かの半ば意図的にされた行為だとしたらどうだろうか。

気に入った本を街中に置き、他の人に自由に持ち帰って読んでもらう。
そして、自分が置いた本が誰の手に渡り、いまどこにあるのか知ることができる。

このような本の旅といえるささやかな行為/運動が実際にあるという。
それが「ブッククロッシング」だ。
今日の日経流通新聞(MJ)で、このような小説的な活動があることを知った。

12/5付日経流通新聞「旅する本を追跡 「ブッククロッシング」日本上陸」
http://www.nikkei.co.jp/mj/#3

もともとは2001年にアメリカのRon Hornbaker氏と妻のかおりさんによって始まったプロジェクト。このプロジェクトを始めた動機がまたおもしろい。彼はPhotoTag.orgという使い捨てカメラを自由に旅させながら、拾った人が写真を撮るというウェブサイトに興味を持ち、「どんな物ならば、どこを旅しているか追跡したくなるのだろう」と考え、部屋にある本棚に目を留めたことから思いついたというのだ。
もともとの発想源になった「使い捨てカメラを旅させ、拾った人が写真を撮る」というウェブサイトの存在にも驚く。映画の『アメリ』で、人形を世界中に旅させ写真を撮るエピソードや現代美術家の小沢剛による地蔵がさまざまな世界を旅する『地蔵・建立 Jizoing』などを思い起こさせるが、しかし、このPhotoTag.orgにいたっては写真を撮る主体性もなく、撮影者は「無名」で行為と場所はすべて偶然の組み合わせなのだ。
同じように、この「ブッククロッシング」もすべては偶然というシステムで成立している。本を置く人間は、次に誰がそれを手にするかはわからないし、本を手に取る人間も誰が置いたかはわからない。しかし、「ブッククロッシング」がすごいのは、このわからない偶然の関係を明示してしまうことなのだ。
記事から「ブッククロッシング」の流れを書くとこうなる。
①本を置く際に、あらかじめウェブサイトに手放したい本を登録し、ID番号を入手する。
②そのID番号が書かれた専用ラベルを本を貼り、街中に放置する。
③放置した場所はサイトに登録。
④放置された本を拾った人はサイトでID番号をうち込むとこれまで放置された場所や本の感想が見られる。
⑤そして、本を読み終わったらサイトに感想と次に放置する場所を書き込んで手放す。
この繰り返しである。

放置された場所という点がミソだろう。
本を手放した人間としては、後ろめたいような気がする。読み終わったはものの本棚に埃を被っているよりはいい。だが、誰かに読まれ続ける存在であってほしいと思っている。一冊の書物がさまざな人の手に渡り読み継がれていく時間と場所とさまざまな読み手たち。書物は変わらずにそこにありながら、読む人、場所、時間が違うだけでさまざまな人生が垣間見えてくる偶然が作り出すダイナミクス。
ささやかだが、壮大なフィールドを感じさせるプロジェクトである。
これからは読み終わった本は古本屋ではなく、「ブッククロッシング」を通して街中に解き放ってみてはどうだろうか。

(ちなみに、ただ街中に放置されてはどこに本があるかわからない。そのため「放置」場所として、いろいろなショップの一角にコーナーが設けられているという。参加店はブッククロッシングのウェブサイトから知ることができる(下段参照)。アメリカでは大手流通業のウォルマートやコーヒーチェーンのスターバックスなどが公式ゾーンとして設けているという。日本でも広まってほしいものだ。)

ブッククロッシング→http://www.bookcrossing.jp/

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