先週沼津のマルサン書店に行った時に、『吾妻鏡』が見つからなくてガッカリしながらも、棚にこれがあったので喜び勇んで買ってきたのです。『大航海時代叢書』シリーズの文庫化の一冊。だいぶ前に大航海時代について読みあさっていたとき、学校の図書室で並んでいたこのシリーズをいちいち開くのがめんどくさくて、ネットで調べたら一式が古本屋で5万円ぐらいで扱われていたので、「えぇい、買ってしまおう」と思っていたんですよね。(あの頃は、私もこれを「安い」と思えるほどに金持ちでした。シクシク)。買わなくて良かったー。(買わなかった理由は、このシリーズが更に第Ⅱ期、第Ⅲ期とある事を知り(それぞれ25巻前後)、私の性格だと全部欲しいと思ってしまうだろう、全部買ったら本棚はどういう事になるだろう、と思ったからです) こんな感じで、それが全部文庫になるとしたら、とても嬉しいことですね。そういえば何年も前にベルニエの『ムガル帝国誌』が、ちょっと前にレオンの『インカ帝国史』も文庫になっていたっけ。(買ったけどまだ読んでいない) この『インカ皇統記』は全四巻だそうですが、この一巻目には、初代皇帝マンコ・カパック、二代目シンチ・ロカ、三代目リョケ・ユパンキまでの時代が収められています。
インカ帝国。
高校生だった頃の愛読書に泉靖一の『インカ帝国』という本があって、この本に載っているインカ帝国の伝説の数々に心躍らせ、何度も何度も繰り返し読んだのでした。この本には巻末に詳しい参考文献一覧があり、大航海時代当時に書かれた本でも、資料によって書いてある内容にかなり違いがある、ということを知ってとても関心を持ちました。(この頃から私はかなりの「異説好き」だったようだ)
で、その解説の中には当然このインカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベーガによる『インカ皇統記』の説明もあるのですが、そこには「作者はスペイン貴族とインカの王族の間に生まれた混血児で、20歳のときにスペインに赴き、余生をインカの歴史の執筆に費やした。当時の民衆の生活を知るためには最良のテキストであるが、歴史に関する記述は信頼が置けない」と書かれていたのでした。
そんなわけなので、喜んで買ってきたはいいけど、あんまり期待せずに読み始めたんですが…… おもしろいっ、存外おもしろい。まず、書き方がとても平易で、一方内容がエピソードの寄せ集めみたいな感じで雑然としているんですけど、それが面白いんです。
まず、解説によれば作者の父の名はカピタン・ガルシラソ・デ・ラ・ベーガ、スペインの貴族でした。フランシスコ・ピサロの遠征隊に従ってペルーにやってきたようです。スペインのペルー征服後はクスコの執政官でした。母の名はチンプ・オクリョ、インカの王女で皇帝アタワルパのいとこでした。作者はピサロによるインカ征服の7年後に生まれ、混血児だったので普段は父の屋敷で暮らしていましたが、一方でふつうに王族のひとりとして、インカの王族たちの集まりにも良く顔を出していたそうです。当時のインカの王族の生き残りは(スペイン人たちによってその大勢が殺害されていたのですが)、頻繁に一堂に会し、インカが隆盛だったころの様子と一族にまつわる伝説について延々と語り合っていたそうです。小さい頃の作者はそれをよく聞いていて記憶していた。20歳の頃に父が死去し、父の遺領を継ぐためにスペインに渡り、そこで生涯を過ごすのですが、この本を書いた動機は、前書きによれば、「最近、インカに関する本がいくつも出ているが、私はみんなが知らないことを遥かにたくさん知っているので、教えてやろう」というものだったようです。(本は、ブラガンサ公爵夫人だったポルトガル王女に捧げられました)。そんな感じなのでこの本はエピソードが満載で寄せ集まり感は強いのですが、「聞いたことをすべて書いた」という感じで、年代考証の厳密さはまったく無い一方で、説得力はとても強いです。なにしろ、作者が実際に古老たちから聞いた内容ばかりなのですから。「口承伝説はこうやって作者の興味のあるところだけが記録され、物語の素材となっていくんだなぁ」と思いました。
私の興味を引いた箇所を列挙します。
・コロンブス以前に「新世界を発見した男」のことを「私だけが知っている」と言っていること。その第一発見者の名前はアロンソ・サンチェス・デ・ウェルバといってジェノヴァ人だったが、嵐に流されてのちのサント・ドミンゴ(エスパニョーラ)島に漂着した。さらに苦労の末スペインに帰ることができたが、自分の知ったことを誰かに伝えるために彷徨い、コロンブスという人物を見つけてその家で死んだ。作者はコロンブスのことを「宇宙地理学者」と言っている。コロンブスが68日という極めて短期間でエスパニョーラ島に到着できたのは、ウェルバから詳しい道のりを聞いていて、確固とした確信を持っていたからである。
・ペドロ・セラーノという漂着者が、7年間も草一本生えない無人島で過ごした方法。
・作者は「名前マニア」で、インカのさまざまな名前について詳細な説明を載せている。インカ帝国では「インカ(王族)」は王族だけの特別な言葉を話していたが、帝国内には一般にそれとは別の「共通語」(←ケチュア語?)が話されていたらしい。
・インカの建国神話… 一般に知られている建国神話として、「クスコの近くにある大岩に開いた穴から、4人兄弟と4人姉妹が飛び出して来た」というのがありますが、この本の作者はクスコ近辺のインディオが話す異説としてそれを紹介しているものの(その他に、別の2つの異説も載せている)、「インカの王族に伝わる伝説はそれとは違う」としている。
・初代インカのマンコ・カパックは、インカ(=王族)とその他の民を見分けるために、「インカは髪を1cmぐらいの長さに切りそろえること」とした。インカには石のナイフしか無かったので、髪を短く切るのは、特別の髪型であったのである。のちにインカがスペインに征服されたとき、スペイン人たちが持っていた鉄のハサミを見て、王族の一人が「もしあなたたちがハサミと鏡だけを私たちに与え、他にひどいことをしなかったなら、インカたちは喜んで全国土をあなたたちに差し上げたのに」と言った。(髪を切りそろえるのはそれほど大変なことだったらしい)
・初代皇帝マンコ・カパックが死んだときミイラが作られた。(確か、二代皇帝シンチ・ロカ以後の歴代の皇帝のミイラは、現存していたんじゃなかったですっけ? ←不確かな記憶)
・帝国の民は、世界のすべてを創造した「太陽神」を帝国の神として崇拝する。ところがそれとは別に「天と地を創造した」パチャクチャという神がおり、それはそれで「目に見えない神」として崇拝されている。太陽神とパチャクチャは違う神らしい。スペインに征服されたとき、インカ帝国民はキリスト教を簡単に受け入れたが、「キリスト教の神とパチャクチャは同一の神なのだ」として受け入れられたらしい。それとは別にビラコチャという神もいて、ビラコチャとパチャクチャは同じ神だとされることもある一方で、別々の神だとされることある。(作者はビラコチャについて後の巻でのべようと言っているので、その記述が楽しみだ)
・インカの皇帝が代々受け継いでいた「宝玉(赤と白)の十字架」と、キリスト教の十字架の関係について。
・帝国の民は輪廻転生を信じている。ペルーの民が抜けた髪や、切った爪をひとつ残らず取っておいて、大事に保管しているのは、それを無くしたら「生まれ変わったときにまたそれを集めなおさねばならず、大変」だから。
・インカの王族はアタワルパを憎んでいる。なぜなら、それまでインカの王族が犯罪を犯したり、他者によって傷つけられる事は無かったから。(アタワルパは兄ワスカルに対して皇位継承の戦争を起こした)
・作者は貴子として身分が高く、また20歳までクスコで暮らしていたので、どうもアルマグロやゴンサーロ・ピサロ、ヒロンなどの争いを目撃していたらしいことがほのめかされている。
・作者はアンデス山脈のことを「シエラ・ネバダ」(スペイン語で「雪の山脈」)と呼んでいる。
・作者はスペインに行ったあと。二度と故郷へ戻る事はなかったが、スペインではいろいろなことをし、一度王子ドン・ファン・デ・アウストリア(←好き♡)の指揮する軍に兵士として参加している。
☆インカ皇統記☆
作者;インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガ(1609年、スペイン)
訳者;牛島信明(岩波文庫、2006年)
(元本;『大航海時代叢書エクストラシリーズ』、1985年)
遅ればせながらBLOG開設おめでとうございます!
インカ皇統記>
やばいくらい好みな気がしてきたので、今度本屋に探しに行こうかと本気で考慮中です。
シルクロードオンライン>
最近パソコンの中から鈴虫が鳴くような異音がするので、PCに過負荷をかけるゲームを自粛中だったりします。
前々から気になっているゲームですが、もしもアラビアが実装されることがあったら、速攻でインストールしてしまうかもしれません。
>シルクロードゲーム
自分が楽しんでいて言うのはなんですが、このゲーム、あんまりおすすめできないなぁ。しんどいから(笑)
次の登場予定の地図は、「西アジア」(ペルシャの奥地)なんだそうです。それがいつかわかんないんですけど。