中村亮太の活動日記

加古川市のために走り回る中村亮太のブログです

視察三日目

2012-04-19 23:32:33 | 活動
今日は視察三日目です。
三日目は午前中に視察し、午後に加古川に帰ってくるというスケジュール。
また、岩手県はとても広く宮古市から花巻空港までかなりの距離があることから、午前中に視察
できるのは旧田老町のみでした。

この旧田老町は現在、合併して宮古市となっていますが、昔から津波に襲われた歴史があります。

港の山肌に大きな津波が起こった年と、その規模(高さ)を示した目印があります。



反射して分かりにくいのですが、上が「明治28年15M」、下が「昭和8年10M」と記されています。

今回はその15メートルの上を越えていたそうです。


そうした歴史があるため、この町はX字の形をした防波堤が作られていました。
説明しにくいのですがX字の「>」の方が古いもので10Mの高さがあります。
対して、「く」が新しいものなのですが、その高さは5Mとなっています。
もともと計画では10Mだったようなのですが、「景観を損ねる」という意見があり、最終的に5Mになった
とのことです。

古い堤防とその内側


新しい堤防


最終的には、どちらも町を守ることはできなかったのかもしれませんが、命を守った部分は大いにあると
思います。
(ただ、堤防があるから大丈夫と逃げなかった方もいらっしゃったそうです。)

しかし、新しい堤防の写真を見てもらえれば分かりますが、どうやら中は土砂で、表面をコンクリートで固めた
構造のようです。
これは、一箇所でも亀裂が入れば、全体が一気に崩れて行く恐れがあります。

反して古いものは、おそらく全部コンクリートかと思われます。
高さとともに、その差も出たのでしょう。

当然ながら予算や景観と防災の双方をどこまでバランスを取るかという問題があり、行政としてどう考えてゆくか
という方向性が必要となります。

極端に言えば、構造物や家などを完全に守るならば、莫大な予算をかけて数十Mもの堤防で町を囲ってしまうことも
一つの政策です。
ですが、それが現実的かというと疑問点も出てくるわけです。

その方向性を考え、議論し、決定するのが政治家の役割でもあります。

本日は旧田老町のみでしたが、防災とともに様々なことを考えさせられた視察となりました。

今回の経験をしっかりと加古川にも活かして参ります。


最後に、現地の方に聞くと「ぜひ被災地に来て欲しい」ということでした。
我々からすると「復興のジャマや、現地の方の迷惑になるのでは」と思ってしまいがちですが、やはり現地で
お金を使ってもらうことが大きな支援であるとのことでした。
皆さんも、お時間を見つけて是非東北へ行きましょう!お願い致します。
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