長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

超いきなり銀河小説劇場  『奇跡の星』 第2回

2012年08月24日 16時06分42秒 | ほごのうらがき
 黒く、厚くたれこめた一面の曇天が好きだ。なにかが始まりそうな空気に満ちているからだ。


 ラボでR2培養装置のチェックを終えたあと、おれは基地の最上階にある司令室にあがった。
 司令室もなにも、今現在この星にはおれの直接の部下はひとりもいない。だが、この星の天然の山の内部をくりぬいて建造されたこの基地は、外から見た様子は山の形状をそのまま残しておきながら、頂上部分だけに基地の司令室を露出させたつくりになっている。部下がいようがいまいが、この基地には確かに司令室が存在している。

 おれが司令室にのぼる理由は実にかんたんなもので、要は外の風景が一望できるからだ。
 この惑星開発基地も、ゆくゆくは惑星辺境伯第一官邸になるという夢を抱いて竣工されたのだろうが……「安定統治開始宣言発表期日未定」のまま30年の歳月がたってしまっている今、おれからはもうかけてやる言葉もない。

 司令室の大きな窓から見える外の風景は、いつもと同じ最悪のご機嫌だ。
 晴れることのめったにない曇天。遠くの方ではしきりににぶい雷光がひらめき、不穏なとどろきが響いている。
 視線を空から下におとせば、そこもまた一面の暗い灰色。この基地が埋め込まれている山と同じような、植物のいっさい生えていない岩石だらけの山々がはてしなく続く山岳地帯だけしか見えない。もちろん、司令室から目視するかぎり、この地域に高等な原住生物はまったく確認できない。

 30年間、ほとんど変わりばえのしない、どうしようもないくらいに徹底的に、黒くうちのめされた風景しか見えない。でも、おれは暇さえあれば司令室にのぼってそれを眺めてしまう。
 おれが故郷の星にいたころ。あまりよく思い出せないが、もしかしたら、おれも青空が好きだったのかも知れない。暗いどんよりした雨雲を見ては嫌な顔をする、故郷ではごくありふれた価値観を持った人間だったのかも知れない。

 しかし、少なくとも今のおれにとって、よりどころになる風景はこの曇天と、他の生物をよせつけない険しい表情をした山岳地帯しかない。
 そして、いつも太陽が顔を出していて暖かく、現地の植物や動物が思うさまに繁栄している青空の下の平和な環境は、そのまま「よそもの」のおれたちにとっては恐ろしい光景以外のなにものでもない。どこまでも果てしなく広がる青空と白い雲は、それがおれの故郷で見たそれとほぼ変わりのないものだったのだとしても、今のおれにとっては「敗北」と「撤退」の象徴でしかないわけなのだ。

 「おれたち」。今、目の前の黒雲の中を、機影がひとつ飛び去っていく。乗っているのはいうまでもなく「おれたち」の50% を占めている片割れだ。

 いおるの乗っている単座戦闘機は、最低限の武器しか据えつけられていない、どちらかというと逃げ足の速さだけで乗員を守ることのできる「快速艇」と言ったほうが実態に似合っている機体だ。はっきりいってこの星の開発状況から見れば無防備きわまりない丸腰ぶりなのだが、赴任した当初からいおるが乗っているものだ。そうとうな愛着を持っているらしい。まぁ、それはおれにとってのウージェーヌも同じことなのだが。


 黒と灰色しかないキャンパスの中を、どぎつい蛍光色のいおるの快速艇がすべっていく。

 おれはいつも、この様子を見ていると、バーのカウンターの上を音もなくすべっていく子供だましのカクテルを思い出す。学生だったか、士官候補生だったかした頃に友達と連れだって行った場所だった。そして、今おれのいる状況のすべてが、そのとき、いい気分で酔っ払って店で突っ伏しながらおれが見ている甘い悪夢のような気がしてならなくなる。

 しかし、おれの見つめるカクテルは客の手の中にはおさまらない。そのまま、止まることなく遠い暗雲のかなたへ消えていってしまった。そしてまた、目の前には灰色の風景だけが広がる静止画のような現実がもどってくる。


 今から20年前。
 母星から「1名増員」という長距離通達を受け取ったとき、おれはひどくほっとしたことをおぼえている。「やっとこの迷路から脱け出せる。」という、ただただ素直な安心。ゴールでもなくてクリアでもない「ゲームオーバー」なのだが、この際そんなことはどうでもよかった。

 その時点でおれはこの星に10年いた。そして、惑星開発は遅々として進展していなかった。いまさら言い訳をするつもりなんてないのだが、「想定外の存在」がこの星にいたのだから仕方がない。
 そしてこういう場合、責任のいっさいを背負っている現場担当者にくだされる処断は時代を超えて同じものだろう。「くび」だ。

 もともと、おれは通らないことは承知の上で、直接の監督機関にあたる第四星系開発省には「軍隊の派兵」を進言していた。
 赴任して10年という時間を必要とするまでもなく、おれはおれ1人の手でこの星を統治することがまず不可能であるという事実を、身をもって思い知っていた。つまりは、この星の「神」とのご対面ということだ。

 とりあえず、惑星原住生物の抵抗をほとんど想定していなかった手持ちの開発システムだけではどうにもならない。要するにシャベルと空気清浄機だけで、得体の知れない科学技術を持った異星人と戦争することははなはだ困難でございますと、おれは長いあいだ訴え続けていた。

 その返事としてやって来たのが、いおる1人だったというわけだ。

 もちろん、開発省がおれの意見を呑んではいそうですかと帝国軍に派兵を要請するとも思えなかったので、「1名増員」という返答は更迭のための前準備だなと予想がついた。おれがしきりに「非常事態だ」と報告していたことからすれば、ちょっと悠長すぎやしないかという気がかりはあったのだが、こういうものがお役所なのだから仕方がない。つまり、やってくる1名というのは、おれをくびにする直接の理由をみつくろうための査察官だとおれは思っていた。

 ところが。いおるはどこからどう見ても査察官ではなかった。ましてや、おれの代わりに惑星辺境伯を務めることになる新任でもなかった。

 惑星開発などというむさ苦しい現場にはまったくそぐわない女がやって来た。まがりなりにも、おれという男が1人だけでため息をついているこの星に。
 「好きな色だ」とかなんとか言って、着任の初日から自分の耐圧スーツにあわせた蛍光色の快速艇を自慢げに見せびらかしていた様子からして、いおるの到来という展開は、おれの予想をはるかに超えていた。

 役人でも軍人でもない、まるでちょっとした一人旅のついでにこの星にやって来たヒマな学生のようなこの娘……いや、娘かどうかさえわからない。なぜなら、しばらくして気がついたのだが、いおるもおれと同じ加齢停止処置を受けていた。つまり帝国の認めるれっきとした惑星技官であることは間違いないわけだ。少なくとも、ひとつの星の中で一生を終えるようなおとなしい女ではない、ということだけは明らかだった。

 いおるは長いあいだおれの基地に住み着いているのだが、やることはおれの惑星開発事業とは完全に別行動だった。だからおれの部下ではないのだが、気の向いたときに活動を手伝ってくれたりして、それがまたいっそうわけをわからなくさせる。

 おそらく、この星のなにかを調査するためにやってきた研究者なのではないかというくらいの目星をつけてはいるのだが、それも、武器をまるで携行せずにしじゅう快速艇をとばしてほっつき歩いている様子から推定しているだけのことだ。耐圧スーツと快速艇が異常にめだつのも、もしかしたら調査研究を中心にすえた機関の人間だからなのかもしれない。

 もちろん、おれの基地に住んでいるのだから「どうにかして」素性を調べあげることも簡単かと思っていたのだが、驚いたことに、いおるは第四星系開発省とはまるで違うコードで星間通信をおこなっていた。そのため、具体的にこの星の何を報告しているのかは知るよしもない。
 まぁ、とは言ってもこの星で報告するべき特異な事象といえば、それはもうあの「神」に関することの他にはなにもないだろう。

 つまるところ、おれといおるのこの星における立場はまったく違っている。おれの最終的な目標は、それが相当に困難なことだったのだとしても、あの「神」を殺してこの星を帝国の管理下におさめること。いおるの目標はおそらく、あの「神」のすぐれた科学技術を「盗む」ことなのだ。

 「神」を殺す? 今、自分でそう考えて哀しい気分になってしまった。それを30年間やろうとして失敗し続けているおれの姿が、目の前の窓にうつっているからだ。いつの間にか、基地の周辺ではさめざめとした雨が降り出してきている。


 と、その時。
 司令室の一角、無線通信ブースのランプが赤く光り、軽快で単調な連続音が流れてきた。外線からの着信。ということは……ということを考えるまでもなく、外線だろうが内線だろうが、この星でおれに通信してくるのはいおるだけだ。


「……どうした?」

「こっちは今日もいい天気。ひなたぼっこに最適ね。」

「で?」

「それだけ。」

「なんだそれは……きるぞ。」

「森で楽しく遠足をしてる子どもたちがいるんだけど。捕捉しなくていい? あなたの第2連絡口に近づいてるんだけど」


 森だの遠足だの子どもたちだの、いおるのいつもの言葉遊びがむなしく司令室にひびく。


「第2は最近、外装を新しくしたから簡単にはばれない。入り口が見えたところで、あいつらには何もわからんだろうが。」

「どうかなぁ? いつのまにか知恵をつけてるかも知れないよ、あの子たち。」

「知恵?」

「あの子たち自身に知恵はなかったとしても、あの子たちを使いまわす知恵くらい、『オジサン』にはあるんじゃない?」


 小父さん。いおるがあの「神」を呼ぶときに使う言葉だ。どうして、意志の疎通もできないような異星人に対してそんな呼び方ができるのか、理解に苦しむ。


「まさか……ただ『町』で生きているだけの原住生物だろう。『神』の兵隊になる脳みそはない。」

「あの子たち……見てるとむちゃくちゃイライラしてくるときがあんのよね。ふつうに何にも考えないで幸せに生きてる感じなのが。」

「……なにを言ってる?」

「突然あたしが光線砲をぶっぱなしてあの子たちを全員ころしちゃったら、どうなるかな。」

「聞き飽きた冗談だな。あいつらの復讐にあって全滅したくなかったら、そういうことを考えるのはやめろ。」


 自分で自分が情けなくなる。しかし、現状でのおれにとっての「神」とは、そういう存在なのだ。


「冗談、か。たしかに今日も冗談だったみたい。でも、明日あたしが同じことを言ったとき、それも冗談かどうかはわからないわよ。」

「いい加減にしろ。もうきるぞ。」

「これから『峠』に行く。もしかしたら逢えるかもしれないから。」


 また、あいつか。


「おい、大した武装もしてないんだぞ! 余計なことは絶対に……」

「♪ アダム~とイヴ~が~ りんごを食べてか~ら~」


 いおるの唄声が、司令室に流れた。いつもことあるごとに口ずさんでいる、いおるの大好きな歌だ。


ふにふにふにふに 後を絶たない……


 いつの間にか、通信は途絶えていた。おれは軽いめまいをおぼえた。



《つづく》
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