ほかの映画を観に行って この映画の予告編を観たとき こういう映画は観たくない と思っていたが
新聞などの映画紹介で この映画の監督や概要を読んでからは 妙に気になり 観てしまった
特異な登場人物やあの時代の映像の重さ暗さは 映画らしい厚みのある凄さで 圧倒される
主人公には感情移入したくないし できもしないけれど 目が離せないある種の魅力がある
観終わってからも ときどき思い返して 人物の心情 いろいろな場面のことを考えてしまう
時間をおいて もう一度観たいと思う怖い怖い映画である
映画のチラシ より ------
石油ブームに沸く20世紀初頭のカリフォルニア。
鉱山労働者のプレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)は、 石油が沸く源泉があるという情報を耳に
する。 息子(ディロン・フリーシャー)とともに石油採掘事業に乗り出したプレインビューは、 異様なまでの欲望で 富と権力を手にしていく
『 マグノリア 』や『 パンチドランク・ラブ 』の鬼才ポール・トーマス・アンダーソンが 5年ぶりに長編映画の監督を務め、 アカデミー賞をはじめとする各映画賞を席巻した話題作。 アプトン・シンクレアの小説「石油!」をベースに、 20世紀初頭のカリフォルニアで、 石油採掘を武器に富と権力を手に入れる男の狂気的な生きざまを アンダーソン監督らしいアプローチで描いていく。
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冒頭の場面は 暗い地中で一人の男が 憑かれたように穴を掘っている
黙々と掘り続ける場面のBGMにギターの不協和音が流れて ブレインビューの特異さを暗示してるのだろうなと 観ている者を落ち着かない気分にさせる
彼は爆薬で緩んだ穴の中へ落ちてしまい 足を骨折するが 苦心して縄をよじ登り 自力で穴から這い出る凄さには 唖然としてしまう
誰の助けも借りず 誰も信じず 暗い穴を掘り続けるプレインビューの黒い狂気を象徴しているようだ
主人公ダニエル・プレインビューを演じて アカデミー賞主演男優賞を受賞したダニエル・デイ=ルイスは
本職が靴職人とか 趣味で靴を作ってるとからしいが この映画に出演すると決まったとき
自分の手を見て 穴を掘る者の手ではない と思い 自宅の庭に穴を掘りはじめたという
外国の俳優は 男性でも女性でも 役にかける気迫は相当なものである
自分の体重を数十キロ 増やしたり減らしたりして 本来の自分らしさを消して 役に入っていく
デイ=ルイスは 特にその没頭の仕方が際立ってるようで 他の出演作品の印象を一変させてしまう
何を演じても そこにトム・ハンクスがいる というのとは 雲泥の差である
流れ者の採掘仲間が 生後数か月の男児を残して事故死する
プレインビューは この子H・Wを息子として育て 石油採掘の交渉などでは他人の同情を買うようにして 交渉を成立させていく
荒野の素朴な村人たちを言葉巧みに説いて 採掘権を得て土地の買収を広げていく手腕は やり手の事業家である
不潔で図太く 人を凝視する狡猾そうな眼は恐ろしいが 採掘場で事故が起きると 真っ先に駆けつけて対処を指示し ケガ人や死んだ人を悼む
あるいは H・Wをそばに置いて 仕事を教えていく
愛情豊かな人物かと思っていたら そうではなくて 自分の利に正直なのである
「 人に対して好意を抱けない 」「 早くたくさんお金をもうけて 人に会わないで暮らしたい 」と言う
弟ヘンリーだと名乗って現れた男と共同で仕事をしようと思うと 油井(ゆせい:石油を採取するために掘った井戸)の事故で 聴覚を失ったH・Wを遠くの学校へ追いやってしまう
実弟として近づいてきた男が騙りとわかった途端 殺してしまう
とことん 自分の欲望に正直なプレイビューは 人のなかの欺瞞 嘘 を嫌う
村の悪魔祓いの儀式を行う聖霊派教会の若い伝道師イーライ・サンデー(ポール・ダノ)は狂信的な宗教者でありながら 自分で気づいていないのか 名誉や権力 金銭に執着する俗物である
プレインビューとイーライには 似た者同士の嫌悪と確執がある
プレインビューの冷徹な眼 宗教を憎悪する気持ちは なんなのだろう
単にイーライを嫌っているからではなく 神の存在を否定している
自分の欲望に正直で忠実な人は 他人を信じず 自分自身を恃みとして行動していく
自身が強くなければできないし それと釣り合って 相当な孤独感もあるだろうと思う
自分の利や欲に一徹な人は 疎まれるが 宗教や信仰に一直線な人は 善きことのように見られる
宗教者とて 悩み 惑い 悪意の感情もあろうはずなのに 無きが如くに他を糾弾するとしたら
たちまち その人は欺瞞に満ちた偽善の者に見えてしまう
プレインビューは 自分の強力な欲に正直な分 肉親も異性も 神も 要らないのである
自分だけを恃みとし 見つめている
自分にとって 役に立たない者 裏切りの者は 平然と切り捨てていく
物語の終盤 大金持ちになったプレインビューの広大な屋敷は 薄暗く寒々としている
身なりを構わないだらしない恰好で 成人した息子H・Wと話す場面がある
父親を大事に思いながら育ってきたであろう息子が 他の土地へ出て 自分で石油の仕事をしたいと
意を決して告げると 「 お前は捨て子だった 」と激怒し 憎々しげに言う
こういうときに そういうことを言うプレインビューの人間性には 哀れを覚える
数年ぶりに 金に困って訪ねてきたイーライに 神を冒涜する言葉を言うよう強要する
イーライへの憎悪は プレインビュー自身への憎悪である
この映画は 自分の心に正直に 己を全うする人の 美であり 孤独であり 限りない悲哀の物語である