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デンタル・シックベイ〜空母「ミッドウェイ」博物館

2018-05-09 | 軍艦


さて、空母「ミッドウェイ」のシックベイ、医療区画を見学しています。
続いて、医療は医療でも歯科医療のコーナーに出てきました。

あー、こんな歯医者さん、いそう。日本人でも(笑)

といういかにもな歯科医が微笑んでおります。
カーキ色の士官用勤務服の上に白衣を羽織っており、
襟につけたシルバーの「II」のようなバッジから、
階級は大尉であることがわかります。

机の上にあるバインダーは「シックコール・ログ」で、
兵員居住区の各区画から上がってきた健康に関する報告です。

ここにあるからにはただの洗面所ではなさそうです。
洗面台上の赤いプレートには

「もしまだ歯磨きとフロスをしていなければ今やってください」

とあります。
歯の診察前にちゃんと歯磨きとフロスをしていくのは常識ですが、
駆けつけた場合はここで行うのかな?

と思ったのですが、上の「ミッドウェイ・デンタル・デパートメント」
という説明によると、ここは「口腔衛生室」。

この洗面台は、歯科衛生士による歯磨き指導が行われ、
また濃縮フッ素を塗布するためだけに存在します。

アメリカ人が口腔衛生を非常に重視する国民であることは有名ですが、
まさか軍艦内にここまでするプログラムが存在しているとは・・・。

それもそのはずで、日本ではまだ少数派に属する予防歯科という概念を
アメリカでは全海軍が重点的に推し進めているからです。

アメリカでは歯の白さはもちろん、歯並びで人間を判断するというのは本当で、
歯並びが悪いと家の貧困や教育の程度までを疑われてしまいます。

「あそこまでこだわるのは異常だ」

それを知る日本人にはこんなことを言う人もいますが、
審美的なこと以前に、口腔衛生を彼らがこれほど重視すると言うのは、
口腔の状態が悪いとそれが誘因となって病気や不健康な状態をを引き起こす、
というのが常識となっているからです。

ここは全部歯科の区画となります。
広い。とにかく広いスペースが全部歯科専門の分野です。

歯科技工士の専門のラボラトリーがありました。

ここでは歯科治療に必要な、差し歯や総入れ歯(必要な人がいれば)
から金歯、ポーセリン・クラウン(被せ物)を作ることができました。

専門の技術を学んだ二人のスタッフがここで作業をしており、
一人は主にセラミックの歯を作る技術に習熟していました。

金や銀の歯は「ロストワックス」という方法で作られ、
この部屋の奥にある遠心式の鋳造機で製造していました。

Dental laboratory casting

どんなものか具体的に見たい方はどうぞ。
時間がない方は1:30あたりからで十分です。

こちらの方がセラミックの専門家ですね。

この辺りに研磨機とか、その遠心鋳造機などがあります。
空母勤務の乗員はここが生活の場そのものなので、

「歯が悪くなったけど今度上陸した時まで我慢しなきゃ」

などということでは海軍の目指す歯の健康は保たれません。
船の上の虫歯は船の上で治す。
「ミッドウェイ」の上で全て完結してこそそれは可能となるのです。

治療室その1。

棚の上に「リングフラッシュ」というカメラが置いてありますね。
これは歯科で口腔内の状態をカルテに残すために使うカメラで、
レンズの周りにフラッシュをつけることによって、接写の際、
被写体の影が映り込むことを避ける機能を持ちます。

わたしの通っている歯医者では、Nikonのメディカルニッコールを使用していますが、
このカメラがどこのものかはこの距離からはわかりませんでした。

壁には歯科医の免許が額に入れて貼ってあります。
日本の歯科医大学を出た歯科医はあまりやらないようですが、
アメリカでは大学の卒業証書を診察室や待合室に掲げる医師がほとんどです。

日本で開業している医師も、海外の大学を出た医師はそうしています。

息子の矯正歯科医は、コロンビア大学の卒業クラスの顔写真入りの証書を飾っていて、
同級生のアフリカ系のヘアがブロッコリー風だったり、白人男性は
もみあげが妙に長かったり、という時代が感じられる写真の中に
失礼ながら今では見る影もない青年だった頃の先生の姿があります。

「アーリーミッドウェイ」というのは就役した1945年から70年代までくらいでしょうか。

 

施術室その2。

こういうのが当時の典型的な歯科治療用の椅子で、ここでも使われていました。
歯を削るのに使われたドリルはベルト回転式で5,000rpm /1分間といったところでしたが、
これでもかなり速度的に改善した方だと言います。
ちなみに現在のエアタービン式によるドリルの速さは30万〜40万rpmくらいです。


昔は麻酔していたとしてもかなり痛みがあったんじゃないでしょうか。
そして次にわたしのこの推測を裏付ける展示が現れました。

このコーナーに近づいていくと、なにやら男のうめき声が聴こえてきました。

「あう〜〜〜・・ああ〜〜〜・・」

という苦悶の声がエンドレスで流され、写真の治療中の乗員が
あまりの痛さに叫んでいるということが部屋を覗いて判明しました。

それにしても、今の歯科治療って、そんなイメージありませんよね?

わたしも過去の治療で親知らずの抜歯を含め、痛い思いをしたことはありませんし、
昔歯科矯正に通っていた大学病院で、待ち時間に歯を削っていたらしい
おじさんかお爺さんの絶叫を一度だけ聞いたことがあるという程度です。

「このころの歯医者は痛かった」

という説にはちゃんとした理由があって、まず一つは麻酔の針。
現在は大変細い針が出ていて、麻酔が歯茎に確実に刺さるため、
ちゃんと麻酔が効いてなにをしても痛みを感じなくなったこと。

もう一つは、昔は歯の接着剤が良くなかったため、詰めものがとれないように、
深く削って詰めなければならなかったのが、15年ほど前から優れた接着剤が登場し、
大きく削らなくともよくなったのだとか。

ちなみに日本製の接着剤はこの分野では世界のトップで世界に輸出しているそうです。

とにかく、この患者さんは麻酔をされても深く削らなくてはならなくなって、
治療中に大の男が大声をあげてしまっているというわけ。

この展示は渾身のできで(笑)ご丁寧にも患者さんの脚が
交互にバタバタ動いていました。

当時、せめて日本製の優秀な接着剤が世に出ていれば、
この患者さんもここまで苦しまなくて済んだのかもしれません。

治療室その3。

やっぱり何千人もが生活する空母では、1日に何人もが歯科治療に訪れるのでしょう。
治療が必要な状態になるまえに、予防歯科で虫歯を作らないようにするのが
海軍の目標である、ということのはずですが、実際はどんなに啓蒙しても
虫歯になってしまう人が出てきてしまうのが常なので、おそらく海軍は乗員に
定期的な歯のチェックと清掃を義務付けていたのだろうと思われます。

ちなみにわたしのようにミュータンス菌を生来持っておらず、
(残念ながらラクトバチラス菌はいるらしいけど)
毎日のケアに異常なくらいの熱意を払っているような人間であっても、
歯周病との戦いにおいては最近負けが込んでいるというくらい、
人間の歯というのは普通にやっていては健康を保つことが難しいものなのです。

この部屋では被せ物や義歯を患者に作るための検査と、できた歯を
装着するという作業が行われていたらしいですね。

部屋の上のこれ、今でも全く同じの使いますよね!

クラウンなどを作るためには、まず口の中を再現するために
石膏の模型を作るのですが、このシャベルみたいなのにワックスを乗せて、
口に突っ込み、そのまま固定させて何分かじっとそのままにしておくのです。

時間が来たら「んがっ」という感じでシャベルを引き抜くと、
ワックスに歯の形がそのまま残っているので、それを使って
石膏を流し込み、歯型を作って、噛み合わせを再現するのです。

どれだけの患者がこの治療を必要とするのかわかりませんが、
歯型を保存しておくだけでも結構なスペースを取ったはずなのに、
さすがはアメリカの軍艦、その手間と空間を確保していたんですね。

人工的にクラウンを作るときに必ず見せられる歯の色見本。
その奥のグリーンのものは、右上の白いトレイに詰めて、
石膏型を作るための型取りワックスです。

グリーンの横には型取をしてワックスで形を作り、鋳鉄して作った
金属の歯に降下プラスチックを貼り付けた歯が石膏型にはまっています。

患者さんが来たら、これからこの歯を装着するのです。

なんども言いますが、これらの治療を空母の上でやっていたとは驚きです。

「ミッドウェイのデンタルな野郎ども」

の顔写真コーナー。

司令官(左上)から順番に

シニア・デンタル・オフィサー(中佐)

LCDR(liutenant commander) (少佐)

CPOであるチーフ以下下士官のDT (デンタル・テクニシャン)

シーマンが中心のDN(デンタル・ナース)

という構成です。

電卓と電動タイプライターのある机。
ファイルには縦書きで

「デンジャラス・ドラッグス」
「医療計画」
「ホスピタル・コーア」(医療部隊)
「予防メソッド」「手術メソッド」

そして歯科関係の医学書などが並んでいます。

レントゲンを撮る部屋です。
毎日のようにX線で撮影を行うため、部屋は銅でシールドされていました。

これも、歯科医でX線撮影をしたことがある方ならご存知だと思いますが、
写真は、口の中に写真を撮る幹部に当てるように小型のフィルムをセットし、
(プラスチックの器具を無理無理口に抉じ入れるので痛い時もある)』
外側に器具を当ててドアの外に出て、撮影を行います。

今はデジタルですぐさま画像を見ることができますが、
この頃はいちいち現像を行なっていました。

現像室は冒頭写真の部屋の後ろ側にあります。

会計も行うのだと思いますが、チェックインもここで行なったようです。
窓の上に大きく

「カバーを外してください」

とあります。
保険証とか、IDとかのカバー?

その上には

「先にチェックインしてから座ってください」

こんなことをわざわざ書かなくてはいけないとは・・。

受付に座っているSaluta (サルタ)さんの表情がなんとも言えない
いい味を出しているので冒頭写真でもアップにしておきました。

痛いのが当たり前だった頃の歯科の受付として、
彼はこのスマイルでここに来る気の毒な人々を癒していたのでしょう。


続く

 

 



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6 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
はぁ~(*_*) (鉄火お嬢)
2018-05-09 02:17:48
空母の中に、この規模のデンタルオフィスがあるのですか……アメリカの国防費がとてつもない巨額になる理由の一端を理解しました……。
返信する
Salutaさん (Unknown)
2018-05-09 05:23:49
猿田さんかもしれませんね(笑)

空母を含む機動部隊は最大半年(ミッドウェイは湾岸戦争中に異例の9ヶ月)の前方展開でホットスポットに投入されます。

後方に簡単には移送出来ないので、歯科を含む医療設備が充実しているのだと思います。
返信する
歯科治療室 (お節介船屋)
2018-05-09 09:59:47
米海軍がこれ程空母艦内に歯科治療が充実しているのはやはり米国人の口腔衛生に拘る事と、歯痛では業務に支障が出ますので支障を起こさせない配慮ですね。
「口腔衛生室」を設け、歯科衛生士による歯磨き指導、濃縮フッ素を塗布する等予防に配慮するのは良い事ですね。

海自も「ひゅうが」「かしま」等に歯科治療室が設置されています。
参照本に「ひゅうが」艦内写真で歯科治療室に併設されたエックス線室も完備しているのが分ります。
歯科治療用椅子1台ですがうがい用台も付いており、ちゃんとした治療が出来るようになっています。
医療区画には大病院なみの医療設備や集中治療室もあるのが分りますが、医者や歯科医、技工士等は災害派遣時等にしか配員されないのではないでしょうか?
ペルシャ湾派遣や遠洋航海には医者は配員されたようですが歯科医や技工士まで配員されたのでしょうか?
参照海人社「世界の艦船」No831
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みなさま (エリス中尉)
2018-05-09 20:41:16
鉄火お嬢さん
ものすごく歯科に力を入れていますよね。
自民の山田議員が国会で安倍総理に「どんな時に歯医者に行きますか」と聞いて、
「歯が痛くなった時」と総理が答えると「そんなんじゃダメなんです!」と
予防歯科の重要性について講義を始めたことがありますが、それくらい日本では
この概念が浸透していないのです。
しかしアメリカはミッドウェイが横須賀にいた時にはすでにこれだけの設備が充実していたということなんですよね。



unknownさん
saluta=猿田さん!そうだったら面白いですが、多分この人はイタリア系です。
英語で敬礼のことをsaluteというじゃないですか。
salutaはイタリア語のサルートで、三人称単数現在形は「サルターレ」だったりします。
彼は「敬礼さん」というわけです。

お節介船屋さん
「かしま」は長期航海なので歯科治療室はあるでしょうね。
鉄火お嬢さんへの返事で書きましたが、歯科技工士も乗っていました。
その理由は、これもなんども書いていますが、アメリカ人の歯科に対する考え方の
日本人との違いです。
彼らの歯科衛生に対する考え方を知っていると、当然のことに思えます。

例えば長期航行中に虫歯が痛み出したとしたら、ちゃんと被せ物まで作って、
すぐにはめてしまうのがアメリカ式。
日本の歯医者は一つの治療をだらだら何回にも分けるのが普通ですが、
もし自費治療で診療する医者であれば日本でも基本その日のうちに治療はすみます。
ミッドウェイでは技工士が常駐していたので、被せ物をする場合でも
せいぜい2日で治療を済ませられたでしょう。
これは軍艦乗組の乗員にとって大変ありがたいことであったと思われます。
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治療設備 (ハーロック三世)
2018-05-10 03:24:19
ミッドウェークラスともなると、やはり立派な「街」ですね。

連載メディカルシリーズですが、航空機は長くても14時間程度なので、さすがにそのような設備はありません。

しかし、機内某所には相当なレベルの手術ができる器具・薬品が積まれています。

その中には麻酔薬も当然含まれており、要は麻薬なので航空機が発着のたびにCAが確実に受け取りサインをして、某所に鍵をかけた上、シールをかけて管理しています。

かなり前ですがキャセイパシフィック航空の香港発ロンドン行きの機内で、肺に折れた肋骨が刺さって瀕死の乗客に機内食用のナイフと裁縫道具で手術を施したというブラックジャック顔負けの逸話があります。
その乗客は乗り遅れそうになり、ボーイフレンドのバイクで向かう途中、交通事故に遭ったもののそのまま搭乗。
容態が急変したようです。
返信する
ハーロック三世さん (エリス中尉)
2018-05-10 10:21:38
>飛行機は長くても14時間程度
考えたこともなかったですが、14時間あれば飛行機というのは地球の裏側まで行けるということなんですね。
なんか目から鱗の気分(笑)

乗っている時間が1日にもならないので非常時には
「お客様の中で医療関係者はいませんか」となるわけですが、
キャセイのそのケースではたまたま外科医、しかも
かなり腕利きのベテラン外科医が乗っていたということになりますね。

その女性が命を取り留めたあと、事故を起こしたバイクの運転者であるボーイフレンドと
うまくやっていけたのかそれが気になるのはわたしだけでしょうか。
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