ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

開場~平成27年度入間航空祭

2015-11-05 | 自衛隊

観艦式シリーズが終わって1日下総基地のレポートを挟み、
入間航空祭の参加報告に突入することになりました。

観艦式シリーズの終了にあたっては皆様方の暖かい労いの言葉、
感想などをいただき、歓喜に咽びつつ達成感のようなものを噛み締めたのですが、
なかでもとみーさんの

お疲れのようですので、休まれてから続きをお願いいたします。まずはお休みくださいね!」

というコメントには歓喜のみならず涙に咽ばんばかりのありがたさを感じた次第です。
・・やっぱりお疲れの様子、わかっちゃいますかね?

今日は本当にしばらくぶりに行きつけのクリニックで温熱療法を受け、体を温めたのですが、
なかなか体が温かくならない、これはかなり冷えがたまっている、と言われ、
自分で思っていた以上に、体は疲れを溜め込んでいたらしいことが判明しました。

用事の合間を縫ってPCに向かってエントリ作成作業をするというのも
全く体を休めることにならないので、悪循環なんですねー。


しかし、いみじくも婆娑羅大将が「ネタ人生」と看破したごとく、
この行動力の源はこのブログにあり、もしこのブログがなければ
朝4時に起きて往復4時間車を運転したり、地方のビジネスホテルに一人で泊まったり、
土砂降りの中地べたに座り込んで半日過ごすことなど、生涯経験せずに終わったでしょう。

ここで知り合った顔も知らぬ(極少数は見破られたりして知ってますが)人々との
交流や、その人々に触発されて本を読んだりいろんな場所に足を運ぶことすべて、
わたしが得た貴重な一つの世界であり、これがわたしの人生そのものでもあります。

それを大事にしていきたい気持ちがあればこそ、わたしはたとえどんなに体が冷えても、
朝起きるのが辛くても、NIKON1とソニーのコンデジを携えて、どこにでも行くでしょう。

そこにお伝えしたいイベントがある限り(笑)

 

さて、4時に起き、5時には家を出て約1時間半で現地近くに
車を停め、そこから電車で会場まで行くことにしたのですが、
よく考えたら今日は全く早起きする意味はまったくないことが判明しました。

予告編でもお伝えしたように、わたしは今回招待者として参加したのですから、
早く行って前列の席を取ったりする必要はなかったのです。

海自と陸自にはそれなりに知り合いがいるわたしも、未だに空自には
まったくご縁がなく、こんなことになるとはまったく予想外だったのですが、
自衛隊関連会社関係者が「行きませんか」と招待券をそのまま送ってくれて、
わたしは「会社経営者代理」という立場で参加と相成りました。

しかし、自衛隊イベントの日は暗いうちに家を出るのが習い性となっていたのと、
空自のご招待というのがどんなものか全く想像もしていなかったため、
とりあえずいつも通り行動したというのが実際です。

入間基地に行くには「稲荷山公園」という駅で降りるのですが、この駅を降り、
人の流れが前後に真っ二つに分かれているのでためらいました。
招待者というのは一体どこから入っていったらいいものか・・・。

とりあえず招待券に書かれている電話番号に電話してみました。

「駅を降りて左に出られたのでしたら、門を入っていただきましたら
もう一度踏切を渡る形になりますので、そのあと構内に入っていただいたら
右手の方に受付のテントがございます」

大変わかりやすい説明であったのですが、彼は肝心なことを言ってくれなかったのです。

招待者は特別入り口があるため、列に並ばなくてもよいということを。




とりあえずみんなが行く方向に進むと、勢い列に並ぶ形になります。
8じの開門までこういう、かつては柵なんかなかったんだろうなー、と思わせる
桜並木の名残のようなところをみながらしばらくそこで待ちました。

入間基地がかつて「修武台」の名を天皇陛下から賜り、ここが
「豊岡陸軍飛行場」であったころの名残であると思われます。


8時に開門して、列が動き出しましたが、身体検査も行われているため
歩みは大変遅いものです。

そのうち、じわじわと団体ごと進みながらふとわたしは気づきました。

ときおり、並んでいる皆の横をすり抜けて門の脇の小さなドアから
どんどんと中に入っていく人が、例外なく
どこかで見たような封筒を手にしていることに。

どこかで見た・・・・って、あれ、今わたしがカバンの中に持っている、
会社経営者からいただいた招待状と同じものなんじゃ・・・。



わたしがそれまで並んでいた列を抜けて、招待者専用の
特別ゲートに向かった時、わたしのいたところは正門まであと30mでした(T_T)

そこから先は西武線の踏切を横切るために、すべての人がまた並ぶことになり、
わたしはせっかくの招待状の恩恵に預かりそこなったのでした。



入間の航空祭が行われるようになったのがいつからかは知りませんが、
少なくとも最近のように大勢の人がここに集結するようになったのは
ここせいぜい10年くらいのことではないかと思われます。

しかしさすがは自衛隊、航空祭の時の誘導にもちゃんとマニュアルができていて、
たとえばこの踏み切りでは何人かの隊員が遮断機の手前で
ロープを持って待機しており、踏み切りが鳴りだすより早く、それで人を堰き止めます。

踏み切りが開くと隊員たちはロープに付けた長い棒を捧げ持つようにして、
人々の頭上にロープを持ち上げ、その下を通過させていくというわけ。


この踏み切りの脇にわざわざ設置したらしいお立ち台の上で、アナウンスして
止まってくださいとか、前の人を押さないようにとか、のべつまくなしに
注意事項をアナウンスしていた隊員がいました。


電車待ちで立ち止まった人たちに「おはようございまーす」というだけで
皆は喜んで彼に手を振り、「ありがとうございます!」と彼が手を振り返すと、
思わず和んだ人々からは小さく笑い声が起こるといった調子。

楽しくあるべき自衛隊のイベントも、主にカメラマニアが殺伐としているせいで
主に場所取りや並ぶ順番を巡ってトラブルが起こることも多々あり、現にわたしは
観艦式でも総火演でもそんな現場を目撃したわけですが、航空祭というのは
展示場が主に「空」であるせいか、比較的雰囲気が和やかな気がします。

それを割り引いても、このときの集団は全体的に和気藹々の穏やかな雰囲気で、
それもこの明るいキャラの自衛官投入の成果大であると思われました。
彼がここに割り当てられたのは、適材適所というものだったかもしれません。


いや、実にいい仕事してましたよ。



踏み切りを渡ると入間航空祭の横断幕が見えてきます。
確か2年前のはもう少し古めかしかったような・・。
リニューアルしましたかね?



会場に向かうほとんどの人はそのまま真っ直ぐ進みますが、招待者は
右にそれてテントで受付をしてから会場までバスで行きます。

わたしも受付をしようとしたら、会場でしてくださいと言われました。
ここで受付していた人たちはどうも隊員の家族関係だったようです。



バスを待っていたら、テレビのクルーが自衛官に連れられて横を通りました。

「所さんの学校で教えてくれないほにゃらら」

という番組であることが、彼らが掛けている看板でわかりました。



横田から来たらしい在日米軍の空軍軍人たち発見。
米空軍の軍服はかっこいいなあ・・。
なんと、バスも制服と同じブルーで統一です。
ナンバープレートは日本のものではありませんでした。



女性軍人がいたのでついアップ。
米空軍がかっこいいのはこの帽子のせいですかね。
どちらかというとガタイのいいアメリカ人に似合う帽子だと思いますが。



会場手前に受付のテントがまたまた現れました。
英語で「報道受付」という看板も見えます。
外国の報道関係者も来たんでしょうか。



わたしが手前で招待状を見せると、空自隊員が一人「ご案内します」と
エスコートしてくれ、祝賀会の受付を兼ねたデスクに連れて行かれました。

ここで祝賀会参加費3,000円也をお支払いして、リボンをもらいます。
わたしの前には陸自の将官が夫人同伴で並んで受付をしていましたが、
待っている間ずっと横にそのエスコートの隊員がいました。

どうやら受付した後会場の席にご案内するまでが彼らの仕事だったようですが、
彼を横に並ばせておくにもしのばず、またどうにも落ち着かないので、

「もうここで結構です」

といって彼に帰ってもらいました。
しかし会費を払って名簿を確かめると、今度はそこにいた女性隊員が

「上着にお付けいたします」

といって、リボンを留めてくれました。
何から何まですみませんねえ。



招待者の観覧席はこの赤い紅白幕の向こう側にあります。


入ってみました。
さすが招待客は8時50分頃でもほとんど来ていません。

こんなことならわたしももう少しおそくくればよかった、と思いましたが、
初めての経験なので仕方ないですね。



このときの会場。
前日は結構な量の雨が降ったため、エプロンにはまだ水が残っています。
2年前はテレビ番組のせいで大変な人出となりましたが、今年はそうでもないのかな。
あのとききゃあきゃあ言っていた女の子たちはリピーターにはならなかったのかしら。 



このオレンジの手前が招待者スペース。
柵に沿ってカメラを持っている人たちが場所を取り始めていますが、



最初はこんな感じでした。

展示機の前、とくにブルーインパルスの前から埋まっていくのだと思いますが、
後から来た人たちはこういう前の空いた所に落ち着きます。



だいぶ人が増えてきたころ、自衛官に案内されてきた米空軍の一行が、

周りの人たちに次々と一緒に写真を撮らされている現場を発見。



頼まれると嫌と言えない空軍軍人さんたち、何回頼まれても
その度愛想よく撮影に応じていました。

日米友好~。

一番右の女性はどうやら米軍ではなさそうです。
彼女の胸に第一空挺団のレンジャー徽章と全く同じバッジがあるんですがこれは・・。

ところで高性能の望遠レンズは、3人のアメリカ軍人さんが左から、
プールさん、バーナルさん、ワーレンさんであることもわかってしまうのだった。



柵のこちら側、前の席には車椅子の招待者が何人かいました。

9時になって開会の挨拶のようなもの(おい)が終わったあと、
人々はCH-47Jがローターを回しだしたのに、すわ!と色めき立ちます。


平成27年入間基地航空祭の始まりです。



続く。