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「坂の上の雲」の二人の女たち

2013-06-28 | 日本のこと



というわけで何かと不可解かつ不快な部分が見つけたくもないのに
見つかってしまう「坂の上の雲」。

この辺で歴史から少し離れて、感想を述べることにしましょう。
間違い指摘でも、糾弾でもありませんから安心してください。



■本当かウソか?お国ことば乱発の聯合艦隊

軍隊と言うのは全国津々浦々から人が集まってくるところですから、
下手すると方言ではお互い何を言っているのかわかりません。

そもそも、標準語などと言いますが、明治初頭の日本には
「標準語」などという概念は存在していませんでした。

1895年、明治28年になってようやく学者による
「標準語の必要性」が説かれ始め、東京の教育のある層が話す言葉を
標準語として決めましょう、という提案がなされたくらいなのです。


この「坂の上の雲」における軍人たちが、東郷司令長官の薩摩弁を始め、

秋山真之=松山弁
有馬良橘=紀州(和歌山)弁
島村速雄=土佐弁
鈴木貫太郎=大阪弁
山本権兵衛=薩摩弁
日高壮之丞=薩摩弁
児玉源太郎=山口弁

をそのまま使っているのも、もしかしたら史実通りなのかもしれません。
司馬の原作によると、東郷長官は

「ほぼ標準語のようにしゃべっていたが、語尾だけはなおせなかった」

ということなので、このドラマでも、この以前の媒体においても、
東郷長官と言えば「ごわす」「なりもす」の人、というイメージが
定着してしまっています。

これもおそらく本当にそうだったのでしょう。


まあ、それはいいんですが・・・・この渡哲也演じる東郷平八郎、

「極端に無口だった」

とされる東郷さんにしては、ペラペラと終始よくしゃべりますなあ。

三船敏郎亡き後、東郷平八郎を演じても文句の出ない俳優、
というのはさすがのエリス中尉も全く思い浮かばなかったりするわけですが、
それにしても、渡哲也、ねえ・・・・・。


■「坂の上の」女二人


皆さん。

どう思います?このドラマで秋山を巡る女性二人。
幼馴染の正岡子規の妹、は、終始秋山にぞっこんで、
秋山もまた憎からず思っているはずなのに、
律は結婚したり離婚したり結婚したり離婚したりして。

確かに正岡律は秋山と幼馴染で、家に秋山が来たときには
難しい話にも加わってくるので子規から

「秋山と結婚したらええ」

などとからかわれていたそうですが、それは何と律が

15歳で結婚

するまでのことであったというのです。
たかがそれだけのエピソードを、あんな「一生の秘めた恋」
にしてしまうというのも、「いかにもドラマ」でうんざりです。

そもそもあれだけお互い思いあっていると言うのに
秋山が律に一顧も与えず稲生季子と結婚するという設定には、


「やっぱりこういうエリートは世間体と海軍での出世を考えて、
平民の出戻り女より華族のおぜうさんを選ぶのね」


とついつい、ドラマにおける秋山の人格すら疑ってしまうではありませんか。


病室に訪ねてきた季子と秋山の笑い声を「はっ」と立ち止まり廊下で聴き、
持ってきた果物をドアの外に置いて黙って去る律。

それを知った秋山は、わざわざ律の学校にまで押しかけていってこれを謝るのです。
もしかしたら秋山真之、暇ですか?

エリス中尉にはわからん。
なぜここで秋山が律に謝るのか。

何か秋山は律に約束でもしていたのか?
実は「そのうち嫁にする」とでも言っていたのか?



そしてその後ご存知のようにあっさりと秋山は季子と結婚してしまいます。
ところがこの新婚家庭に、ある日律さん、突撃してきます。

この季子と言う女がまたしたたかで(笑)、
律さんが語る秋山の幼いころのこと、つまり自分の知りえない秋山の過去の
想い出話をけらけら笑って聞いていたと思ったら、律をいきなり台所に連れて行き、

「わたしはどうしても怖くてできません」

とブリブリぶりっ子(死語?)ぶって、桶で泳いでいるドジョウを律に捌かせます。
顔色一つ変えずドジョウの脳天に三寸クギを打ち込み、サクサクとかっ捌いていく律。

怖くてどうしても捌けないようなものを、
たまたま私が来なかったらどうやって料理するつもりだったのかこの女は。

こんな律さんの内心の舌打ちが聴こえてきそうな好演技でしたね。

そして、「ドジョウも捌けない、か弱くて上流育ちのアタクシ」アピールに、
心の底からこの女ウゼーと律は思っているに違いないわけですが、
その律も気付いているかどうか。

実はこれ、季子の強(したた)かな「戦略」なのですね。

「アナタは幼馴染でアタクシの知らない真之さんを知っているかもしれないけど、
海軍一の秀才で将来大将間違いなしの出世頭の真之さんが選ぶのは、
この、華族の娘で華族女学校出の才媛であるアタクシなの。
山出しで出戻りのアナタなんかお呼びじゃないのよ」

と、しっかり「妻の座」アピールをしているわけです。
つまり、律に釘を刺させて、自分も釘をしっかり刺していた。

誰がうまいこと言えと。

わたしは思いますが、きっと季子さんは律がいなかったら、
平然とドジョウを捌くことができたに違いありません。


男性の方々。
女性ならあの二人のやり取りからこれだけのことを、
おそらく誰でも読み取ることができるのですよ。

覚えておくように。


で、この女二人がそうやってにこやかな笑いの下で白刃を交えて
水面下の「女の争い」をしているのを、秋山真之は懐手しながら所在無げに、
しかし心底心配そうにうろうろしながら立ち聞きしたりします。

この、三角関係における男の立場と言うのは、たとえ海軍一の秀才で
天才参謀の誉れ高かった秋山真之をしても、途轍もない間抜けに見せるものです。

日本海海戦の立役者である歴史的人物をぐっと身近に感じさせる
この人間らしいエピソード、実にほのぼのしますね。



この二人のバトルはここで終わらず、日露の間で開戦になったとき、
律は動転してなぜか秋山の家に駆け込んできます。

「もし愛している人が戦争に行ったら、律さんはどう思いますか」

とそんな律に冷水を浴びせるごとく平然とジャブを繰り出す季子。
はっと動揺する律。

季子さん。あなた、知ってますね。


自分の夫の気持ち、相手の女の気持ち。
全てを知っている妻が、その妻の座にあることの誇りをかけて言ったに違いない
痛烈な一言であると言えます。


誰の小説だったか忘れましたが、長年の腐れ縁であった女を捨てて、
無垢で純真だと思っていた女性と結婚した男が、あるとき、
何も知らないはずの妻から

「知っているのよ。でも許してあげる」

と呟かれて背中がぞっとする、という話がありましたが、
どうもそれを思い出してしまいましたね。このシーン。


そして季子さん、ダメ押しとして、律に向かって

「わたしの用心棒になってください」

なんていうのです。
女性が女性から「用心棒になって」と言われた場合、それは
女としてあなたは存在していないと断言されたも同然ではないですか。
この、考えようによっては超失礼な申し出に、律は笑って

「引き受けます」

なんて答えたりするわけですが、まともな感性を持っていて、
しかも実は男性に思いを寄せている女が、その妻から
「用心棒」呼ばわりされたとしたら、さぞかし屈辱を感じるのではないかと、
わたしなどは思わずにはいられないのですが。

どっちもわかって言っているとしたらとんでもない欺瞞だし、
秋山だって一度庭先で抱き合ってしまったことや、昔からの思いを
ある日突然ぶちまけられるんではないかと気が気ではないだろうし、
なにより当の新妻にこんな超特大釘を刺されているわけだから、
律さん、ここは潔く諦めて、今後秋山家には近づかない方がいいと思います。


・・・・・・・と考えてしまわずにはいられないようなベタな男女関係、
何より明治時代にはあまりありそうにない人間模様を
これでもかと安いドラマ仕立てにしてばらまく、NHKの「坂の上の雲」。


さすがに司馬の原作にはありませんよね?
もしあったらわたしは司馬遼太郎を(略)