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アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

いつもいつもダマされている

2025-02-24 06:28:16 | ダンテス・ダイジの風光

◎ブタが空を飛んでいる(老子狂言)

 

ブタが空を飛んでいる

 

ゆるいカーブ 

なだらかな曲線も 

ツマ先立ちの緊張や 

危機との直面も 

油断なき注意も

———狐が空を飛ぶ!

 

そして ズッコケ、ズッコケも・・・

ただ一人とも言えないただ一人の 

絶対者の様々な表情

私達はこの表情の千変万化に 

いつもいつもダマされている

 

それにしても

初夏の草いきれよ!』

(老子狂言/ダンテス・ダイジから引用)

以下【】内は上掲詩から引用。

 

【ゆるいカーブ 

なだらかな曲線も 

ツマ先立ちの緊張や 

危機との直面も 

油断なき注意も

———狐が空を飛ぶ!】

意識している刹那と刹那の間には隙間があって、そこで【———狐が空を飛ぶ!】。

 

【そして ズッコケ、ズッコケも・・・】

これも隙間。

意識している刹那と刹那の間には絶対者があるものの、私達は、意識している刹那という現象に【いつもいつもダマされている】。

 

道元は、『花は愛惜に散り、草は棄嫌に生(お)ふるのみなり』(花は人に惜しまれつつ散るが、雑草は嫌がられつつ生える。)と言った。

【それにしても

初夏の草いきれよ!】

 

老子狂言の目次&リンクス

ダンテス・ダイジの老子狂言の歩き方

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こいつあ、マッタク、どん底だい。

2025-02-24 06:12:44 | ダンテス・ダイジの風光

◎伊福部先生の言葉(老子狂言)

 

伊福部先生の言葉

 

ある一つの理想状態を考え、

そこへ到達しようとすることが、

私達の生活を地獄化させるものである。

 

こいつあ、

マッタク、

どん底だい。

思考作用は問題かい?

 

ふと見ると 

地獄にもなにやら光明がある。

ああ、

その悲痛をどうすることができよう。

 

ああ、

この絶対を

どうすることができよう!』

(老子狂言/ダンテス・ダイジから引用)

以下【】内は上掲詩から引用。

 

【こいつあ、

マッタク、

どん底だい。

思考作用は問題かい?】

理想状態を思考するから地獄になる。

 

【ふと見ると 

地獄にもなにやら光明がある。

ああ、

その悲痛をどうすることができよう。】

ダンテス・ダイジの好きな句

ふと見れば なずな花咲く 垣根かな(芭蕉

 

【ああ、

この絶対を

どうすることができよう!】

さらにダンテス・ダイジの好きな句、

ほろほろと 山吹散るや 滝の音(芭蕉)。

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それは君らの愚からきた迷いにすぎない

2025-02-24 05:52:42 | ダンテス・ダイジの風光

◎ガイド・ストーン(老子狂言)

 

ガイド・ストーン

 

私は親愛なる道友諸君に言う。

今、君の持っているその理想心を取り去れ、

かくあれかしと望む心を取り去れ。

よりよくなろうという我欲心を取り去れ。

それは君らの愚からきた迷いにすぎない。

 

かつて私のメディテーション・ガイドの一人だったタオの体得者・無為隆彦先生はそのように語った。

 

クリシュナムーティ流に言うと

イメージがどうしたこうしたということだろう。

 

諸行は無常である。

そこから

神様と悪魔が出てきたらしい・・・

いづれにせよ、楽しい話ではないかい?』

(老子狂言/ダンテス・ダイジから引用)

以下【】内は上掲詩から引用。

 

【私は親愛なる道友諸君に言う。

今、君の持っているその理想心を取り去れ、

かくあれかしと望む心を取り去れ。

よりよくなろうという我欲心を取り去れ。

それは君らの愚からきた迷いにすぎない。

 

かつて私のメディテーション・ガイドの一人だったタオの体得者・無為隆彦先生はそのように語った。】

ダンテス・ダイジは、この生真面目さにやや食傷気味で、悲しみすら感じている。だから、

【クリシュナムーティ流に言うと

イメージがどうしたこうしたということだろう。】

と出して、欲望から来るところの迷いも、悟りも、神様も悪魔も越えた立場から、

【いづれにせよ、楽しい話ではないかい?】

と示す。

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あんたは、オレの思いなぞナンノソノ

2025-02-24 05:36:49 | ダンテス・ダイジの風光

◎プレイボーイ(老子狂言)

 

プレイボーイ

 

オレはプレイボーイで 

近いうちに

極地のコウリを溶かすつもりだ。

 

なにしろ、

この頃の

彼女ときたら!

 

彼女のオナラの臭いこと。

だから極地が

こごえいるのさ・・・

 

あんたは、

オレの思いなぞナンノソノ・・・

それでも、

オイラはプレイボーイ 

新しいあんたを産むために

オレのペニスは極地を燃やす・・・』

(老子狂言/ダンテス・ダイジから引用)

以下【】内は上掲詩から引用。

 

【彼女】【あんた】は、人類全体。

これは、世界の主宰者にしてプレイボーイのオイラが、彼女のオナラに邪魔されつつ、

ペニスで極地を燃やす。その結果、新しいあんたを産むというもので、世界創生、転変神話。これは、人類の集合的無意識に組み込まれている元型の一種で、適当な戯れごとではない。

 

精神分析学者ユングが、窓の外の太陽を見ながら首を左右に振っている統合失調の患者が、「あの太陽から黒いペニスがぶら下がっている。オレが首を振ると、それに合わせてあのペニスが動いて、世界に風が吹くことに気がついたんだ」と語るのを聞いた。後日ユングは、古代ミトラ教文献で、それと同じような記述「太陽からは『ありがたい筒』が地面へと向かってぶら下がっている。その筒が西に傾くと東風が吹き、東に傾くと西風が吹く」という件りに遭遇して、黒いペニスのことが単なる患者の個人的無意識の表出でないことを発見した。

 

わが日本の古事記では、伊邪那岐命(いざなぎのみこと) 伊邪那美命(いざなみのみこと)の二柱の神が、天の浮橋の上にお立ちになり、天之沼矛という巨大なペニスを下ろしぶらぶらかき回し、地球上に国土を修理固成した故事があって、類似のもの。

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OSHOバグワンのクンダリーニの基礎-6

2025-02-24 03:44:59 | 覚醒のアーキテクチャー

◎本や経典の知識は役に立たず、生きたグル(正師)だけが役に立つ

 

OSHOバグワンのMeditation: The Art of Ecstasy

から第六章クンダリーニ-生命の目覚めの仮訳の続き。

 

ポイントは以下。

  1. 気づいているとき、完全に未知のエネルギーがあなたの中で流れ始める。
  2. その時、本や経典の知識は役に立たず、生きたグル(正師)だけが役に立つ。グルなしに知識なし。
  3. グルとは、自分の個性を失った人のこと。自分の個性を失って初めて、グルはあなたの個性を深く見つめることができる。だからグルだけが、常に秘密裏に、個人的に、その弟子にぴったり適合する情報を、伝授できる。
  4. 弟子は、自分自身の個性が失われる地点に達するまで、それを他の誰にも与えてはならない。なんとなれば、真実は、誰にとっても致命的とで、危険なものとなり得るから。それは特定の弟子個人だけに与えられたものであり、他の誰のためでもない。
  5. ブラフマランドラ(サハスラーラ)の開花は、生命力がクンダリーニを通る場合にのみ、可能性、潜在性として存在する。悟りを得た人の90%はクンダリーニを通っている。

 

『(仮訳)

そして、あなたが気づいているとき、物事があなたの中で起こり始めるでしょう。初めて、あなたは宇宙よりも大きく、広大で、広範な内なる世界に気づくでしょう。未知のエネルギー、完全に未知のエネルギーがあなたの中で流れ始めるでしょう。聞いたことも、想像したことも、夢見たこともない現象が起こり始めるでしょう。しかし、それらは人によって異なるので、それらについて話さない方が良いでしょう。

 

それらは異なります。だからこそ、グル(導師)に重点を置く古い伝統があるのです。経典では不十分です。グルだけが役立ちます。そして、経典はグルについて語り、グルを称賛していますが、グルたちは常に経典に反対してきました。グルの概念そのものが経典と対立しているのです。有名な諺「グル ビン ギャーナ ナヒー(Guru bin gnana nahee)」――グルなしに知識はなし――は、本当にグルなしに知識がないという意味ではありません。それは、経典だけでは知識がないという意味です。

 

生きたグルが必要なのです。死んだ本ではありません。本は、あなたがどんなタイプの人間かを知ることができません。本は常に一般化されており、特定のものであることはできません。それは不可能です。その可能性すらありません。生きた人間だけが、あなたのニーズや、あなたにこれから起こるであろうことを認識できるのです。

 

これは本当に逆説的です。経典はグルについて語っています――グル ビン ギャーナ ナヒー、グルなしに知識はなし――しかし、グルたちは象徴的に経典に反対しています。グルがあなたに知識を与えるという概念そのものは、彼が知識を提供するという意味ではありません。

 

(P51)

 

むしろ、それは生きた人間だけが何らかの助けになり得るという意味です。なぜでしょうか?なぜなら、彼は個人を知ることができるからです。

どんな本も個人を知ることはできません。本は特定のだれかのためではなく、すべての人のために書かれています。そして、方法が与えられるとき、あなたの個性が非常に、非常に正確に、科学的に考慮されなければなりません。グルが伝えなければならないこの知識は、常に秘密裏に、個人的に、グルから弟子へと伝えられてきました。

 

なぜ秘密なのでしょうか?秘密は知識伝達の唯一の手段です。弟子はそれについて誰にも話さないように命じられます。心は話したがります。何かを知っていると、それを秘密にしておくことは非常に難しいものです。これは最も難しいことの一つですが、常にグルたちのやり方、教師たちのやり方でした。彼らは、それについて話してはならないという条件付きで、あなたに何かを与えるでしょう。なぜ――なぜこの秘密なのでしょうか?

多くの人々は、真実は秘密を必要としない、プライバシーを必要としないと言います。これはナンセンスです。真実は、非真実よりも多くのプライバシーを必要とします。なぜなら、それは誰にとっても致命的となり得るからです。それは危険なものとなり得ます。それは特定の個人に与えられたものであり、彼だけのものであり、他の誰のためでもありません。彼は、自分自身の個性が失われる地点に達するまで、それを他の誰にも与えてはなりません。これを理解する必要があります。

グルとは、自分の個性を失った人のことです。そのとき初めて、彼はあなたの個性を深く見つめることができるのです。もし彼自身が一個の個人であれば、彼はあなたを解釈することができますが、決してあなたを知ることはできないでしょう。

 

例えば、私がここにいて、あなたについて何かを言ったとします。それはあなたについて話している私なのです。それはあなたについてではなく、むしろ私についてです。私はあなたを助けることができません。なぜなら、私は本当にあなたをまったく知ることができないからです。私があなたを知るときはいつでも、回りくどい方法で、自分自身を知ることによって知るのです。

 

私の存在がここにあるというこの点が消えなければなりません。私はただの不在でなければなりません。そのとき初めて、私は何の解釈もなしにあなたの内側深くに入っていくことができます。そのとき初めて、私はあなたを、私に従ってではなく、ありのままのあなたとして知ることができます。そして、そのとき初めて、私は助けることができるのです。それゆえ、秘密が必要なのです。

 

だから、クンダリーニやチャクラについて話さない方が良いのです。瞑想だけが教えられ、聞かれ、理解されるべきです。そうすれば、他のすべては自然とついてくるでしょう。

 

クンダリーニはそれ自体が生命力ではありません。むしろ、それは生命力の特定の通路、一つの道です。しかし、生命力は他の道も通ることができるので、クンダリーニを通る必要はありません。クンダリーニを通らずに悟りに到達することも可能です――しかし、クンダリーニは最も簡単な通路、最短の道です。

 

もし生命力がクンダリーニを通るなら、ブラフマランドラが終点となるでしょう。しかし、もし生命力が別のルートを通るなら――そして無限のルートが可能です――ブラフマランドラは終点とはならないでしょう。したがって、ブラフマランドラの開花は、生命力がクンダリーニを通る場合にのみ、可能性、潜在性として存在するのです。

クンダリーニについて言及すらしないヨーガもあります。その場合、ブラフマランドラのようなものはありません。しかし、これは最も簡単なルートなので、通常、悟りを得た人の90%はクンダリーニを通ります。』

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天之沼矛の風景―2

2025-02-24 03:17:25 | 古神道の手振りneo

◎悟っていないと言霊も数霊もアクセス不可

(2015-03-29)

 

霊界物語第六巻28章の言霊学釈歌(ことたまがくしやくか)中に天之沼矛が出て来る。

 

『○日(ひ)の本(もと)の国の語(ことば)の源は ただ五声(いつこゑ)の竪端(たちばな)の父音(おど)

   

○多陀用弊流国(ただよへるくに)といふ 意義は あおうえい 五声父音(いつつのこゑ)の 発作(おこり)なりけり

 

○久方の 天(あま)の沼矛(ぬほこ)と云ふ意義は 言語(ことば)の 節(ふし)を 調(ととの)ふ 舌(した)なり

 

○立花(たちばな)の 小戸(をど)の あはぎが原に 鳴る 【お】こゑを 天(あま)の 浮橋(うきはし)といふ

 

○塩許袁呂(しほこをろ)、 許袁呂邇画鳴(こをろにかきな)すその意義は 【お】と【を】の 声(こゑ)の 活用(はたらき)を 云(い)ふ

 

○数音(かずのね)を 総称(すべとな)ふるを 島(しま)といふ 淤能碁呂島(おのころじま)は【を】こゑなりけり

 

○【あ】【お】【う】【え】【い】 素(もと)の 五つの 父声(おやごゑ)を 天之御柱神(あまのみはしらがみ)と 総称(そうしよう)す

 

○宇宙(おほかた)に 気体(きたい)の 揃ひ在る 意義を 我(わが) 言霊(ことたま)に 八尋殿(やひろどの)といふ』

(霊界物語第六巻28章の言霊学釈歌から引用)

 

まず日本語の根元は、あおうえいの5声から発すること。

その5声は、古事記冒頭の記述の多陀用弊流国(ただよへるくに)が発生源であること。

 

そして天の沼矛は、言霊コントロールのハンドルである舌そのもののこと。言霊ハンドラー、錬金術的ハンドラーが天の沼矛である。

 

立花の小戸のあはぎが原とは、一切万物かつ実相真如(霊界物語10巻第二七章 言霊解一)だとするので、アートマンのことである。ここで鳴り渡るバイブレーション、音響のことが【お】であり、【お】を天の浮橋という。上の次元ニルヴァーナからも懸隔し、下の次元コーザルからも懸隔しているからこそ、浮橋である。

 

あおうえいの5声の系列の他に数霊の系列がある。数霊の総称が【を】である。塩許袁呂(しほこをろ)、 許袁呂邇画鳴(こをろにかきな)す、と古事記で語るのは【お】と【を】の両系列の働きを示している。

 

そこで数霊数音の総称が島であり、淤能碁呂島(おのころじま)は数音の総称【を】である。一切万象とも見れる。

 

古事記で『伊邪那岐命、伊邪那美の二柱の、淤能碁呂嶋へ御降臨ありし後は、伊弉諾の大神、八尋殿を造りて、これに造化の三神を祭り玉ひ、同殿同床の制を布き云々』とあるので、八尋殿とは、今ここのことである。ここの気体とは微細身、微細次元くらいの意味ではないか。

 

大いなるかな、言霊数霊の根本。しかし小戸のあはぎが原たるアートマンがベースなので、悟っていないと言霊も数霊も正当なアクセス不可ということである。

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