◎西郷南洲遺訓
西郷隆盛は、文久三年36歳、再度の島流しに遭い、沖永良部島に送られた。その獄舎は、天井はあったみたいだが、壁もなく扉もなく四方矢来であって、風雨は吹き通るため、ほとんど人の住む所ではなかった。ここで数か月、一日中端座冥想していたが、体調悪化の一途をたどり、ほとんど死にそうになったが、自ら住環境の改善を求めることはなかった。数か月後座敷牢に移されて健康は回復していった。
西郷南洲遺訓の遺訓第21条。
大意:
『道というものは、天地自然の道理であるから、学問の道は『敬天愛人』を目的とし、自分を修めるには、克己をもって終始しなさい。己れに克つことの窮極は、『我がままをしない。無理強いしない。固執しない。我を通さない。』と言える。
総じて、人は己に克つ事によって成功し、自分のメリットを優先する事によって失敗する。よく古今の人物を見なさい。事業を始める人が、その事業の七、八割までは能く出来るが、残りの二、三割を完成できる人の希れなのは、始めはよく自分を謹んで事をも敬うから成功もし有名にもなる。
ところが、成功して有名になるに従って、いつしか自分のメリットを優先する心がおこり、恐れ慎み戒めるという気持がゆるんで、おごり高ぶる気持がますます大きくなり、その成し得た仕事を過信のよりどころとして、自分の事業をさらに完遂しようとして、かえってまずい仕事をするようになり、ついに失敗するものであって、これらはすべて自分が招いた結果である。
だから、己にうち克って、誰も見ていない時も誰も聞いていない時も、自分を慎み戒めるものである。』
この要諦は、誰も見ていない時も誰も聞いていない時も、自分を慎み戒め、我がままをせず、無理強いせず、固執せず、我を通さず。
ここだけ読めば、単なるよくある人生訓の一つだが、十全の成功を求めることの方に力点があるのではなく、『己をなくす』=克己の方に力点があることに気がつく。
完璧に成功するには、誰も見ていない時も誰も聞いていない時も、自分を慎み戒めるという、神仏を恐れ神仏とのリンクを常時意識することが必要だと言っているのである。これは迷信であって、ロジカルではないと思う人も多いのだろうが、それがあって初めて『我がままをせず、無理強いせず、固執せず、我を通さず。』という態度になる。悟りとは態度であるという消息の一例である。
西郷隆盛は、神仏とは言わず、至誠、誠という言葉を多用している。
原文:
『道は天地自然の道なるゆゑ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。己に克つの極功は、『毋意、毋必、毋固、毋我』。
総じて人は、己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。
能く古今の人物を見よ。事業を創起する人、其事大抵十に七八迄は、能く成し得れ共、残り二つを終る迄、成し得る人の希なるは、始は能く己を慎み、事をも敬する故、功立ち名顕はるるなり。
功立ち名顕はるるに随ひ、いつしか自ら愛する心起り、恐懼戒慎の意弛み、驕矜の気漸く長じ、其の成し得たる事業を負(たの)み、苟も我が事を仕遂んとて、まづき仕事に陥いり、終に敗るるものにて、皆自ら招く也。故に己に克ちて、睹ず聞かざる所に戒慎するもの也。』