『あざみの歌』は まだ歌えますか

泣いて、笑って、歌って介護!!そんな日常の過去の記録と
新たに今一度自らを見つめてぼちぼちと戯言なりを綴ります。

気付かなかった罪(前書き)

2005年10月22日 01時36分03秒 | 気付かなかった罪
認知症には様々な原因となる病気があるが、かぁちゃんの場合、アルツハイマーとパーキンソンという二つの病名をもらっているので、あえて認知症という言葉は使わないでおこうと思う。

少し過去に遡って、自分自身の記憶を整理しておきたい。自戒の念も含めて。
かぁちゃんのアルツハイマーが何故中期の段階まで気付かなかったのか。
サインはずっと出ていた筈なのに、見つけられなかったのは何故か。
その兆しはどんな形で現れどういう経路で進行してきたのか。

病名をはっきりと告げられたのは、かぁちゃんのかかりつけの医者から紹介されたある大学病院の「物忘れ外来」でだった。
かかりつけの医者で撮ってもらったMRIを同年代の他の方と並べて見せてもらった時、既に素人目にも明らかなほど脳に萎縮がみられたので覚悟もしていたが、異常な言動が脳の病から来る物だと分かって少なからずほっとしたのを覚えている。

その時の医者の注意事項が、病名を本人に告げない事。何故なら初期の患者さんの中には先を悲観して自殺をしてしまう人がいるからだと言う。
アルツハイマーの特色として後期になると、とても穏やかになるそうだ。
いつもにこにこして、まるで仏様のように穏やかな顔つきになるらしい。そう告げた医者の顔がにこにこしていたので、そこまで来ると救いなのかなぁ・・・と漠然とした希望を持った。・・・確かにここ半年のかぁちゃんは無表情の時間が多いがなにかあると「うふふふ」と嬉しそうに笑っている。

アルツハイマーの治療方は薬を飲み続ける事、刺激を与える事。
デイサービス等で人と接する事は刺激と言う意味では効果的らしい。薬(アリセプト)は病気を治癒するものでもその進行を止める物ではなく、進行の程度を遅らせる物だという事だったが、これにも大きく個人差があるらしい・・・それだけだ。あとはかかりつけの医者のもとで、病気と付き合って行くしかないらしい。

「なら、どうすればいいんだ?」本人はそうでも、共に生きて行く私達はどうすれば良いのか?どのように接すればよいのだ?
一番知りたいのはそこだ。その辺りの事を教えてもらえる所はないのかと妹と二人で医者に尋ね、若いが熱心なその病に詳しい先生をを紹介してもらった。

彼女はお年寄りにはとても親切だった。見ていると暖かい心配りが感じられてとても好感がもてたのだが、何か嫌な思い出でもあるかのように、私達に対しては淡々と、これから起こり得るだろう問題点と、問題が起きた時に怒らないようにしなければならないという注意点を冊子を渡しながら説明し「病気の進行は個人差がありますが、家族の方がどう接するかで大きく変わってきます。」と言った。
この言葉は忘れられない。「この若さでこうなったのはあなたの責任ですよ。」という意味に取れた。そうでなくても自分の中では悔いが多く残っているのだ。どうか、追い討ちをかけるのはやめてくれ。本気でそう思った。

かぁちゃんが68歳の終わりごろだった。


コメント
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