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オリンピック

2021年02月13日 | 社会派らぼ
女性発言で騒ぎになった森喜朗オリンピック・パラリンピック組織委員会会長が辞任のようです。発言撤回だけで幕を引こうとしたものの、世界中からの批判や、聖火ランナー・大会ボランティアの相次ぐ辞退に抗えなかったというところでしょう。事の成り行き上、仕方がなかった結末ではありますが、影響を最小にするのであれば、対処は遅すぎた感があります。一方で騒ぎ立てるだけが能ではない事も、私たちは心すべきです。

個人的には、コロナ禍で安全が確保に目処が立たない現状(「頑張ります」の意思表明だけでは、あまりに無責任です)、オリンピックを挙行する事に無理があるという思いは変わりません。IOCにはもっと賢明な判断を求めたいところですが、それは関係者に任せるしかありません。

女性の理事登用に関する発言だけに限って言えば、元々JOCが今年の6月に行われる役員改選に向け「女性理事の割合を全体の40%以上とする」目標を掲げた時点で、本筋ではなかったのかも知れません。本来の「男女共同参画」の考え方の基本は「男女の差別をしない」というところにあります。

小学校の名簿順が「男→女」になっているのは差別だから…として「女→男」の順に並べたところで、それはやはり差別なのです。それを受けて男女混合の名簿に落ち着きました。「女性理事を増やす」のが目標でなく、能力や功績などあらゆる条件を鑑みて選抜すれば、男女同数くらいに落ち着く…というのが理想です。医学部受験の際に、男子生徒を優遇して男子過多の状況を作っていたなど、言語道断です。本来自然競争であるべきで、平均的な男女比率に落ち着くというのが筋でしょうか。

公立高校願書の性別欄を廃止する動きが広がっていると言います。トランスジェンダーなど自分の性に疑問を持つ人たちへの配慮…とされていますが、多分それも根本的な解決ではありません。願書には性別欄が無くても困る事はなく、中学校が作成する調査書などに性別欄があるからそれでよいといった考え方が、結局は性別が必要であるという事を明らかに示しています。もとより「出生届」には続き柄という欄があって「長男、次男、長女、次女…」という形で性別が届けられています。長じても様々な書類には「続き柄」という欄があります。つまり、社会の根本には「男女」を明確にするという考え方があるわけで、願書の欄からそれを外したとしても、嫌なものに目を伏せただけのことでしかありません。生物学的な性と、心理的な性がずれているケースがある事が、ごく自然な現象であることへの理解。それと性別欄への記入は次元が異なります。記入はあくまで「生物学的な性」だと理解すれば良いだけの話ですから。いっそ「性別」と書かず「生物学的性別」と書きあらわせば良いのでしょうか。

根本的な問題は、もっと別なところにあります。女性理事が少ないから、無理に増やせばよいのではなく、そうした立場にいる女性が元々少ない、つまりはもっとマネジメントの裾野の方で女性の活躍が少ない事に起因しているはずです。女性議員が少ないから、知名度のある女性タレントを引っ張り出すのでなく、政治に興味を持つ者が男女を問わず増えなければなりません。そうした分野を学びたいと思う者が男女を問わず増え、そうした個人の思いが歓迎される社会環境・家庭環境が無ければならないはずなのです。

森氏は、日本の中でたった一人、女性蔑視の考え方を持ったとんでもない人…なのではなく、立場や世の中を理解して適切な発言をすることができない人であるところが問題になったのでしょうか。自分は何を言っても許されるべき人間だと、勝手に自分のカリスマ性を過信していた愚かさを社会が見逃さなかった事件で、根本的に日本の社会はまだまだ熟成していないのが現状です。世の中には、きれいな言葉を並べる事に長けている人はごまんといます。

後任と目された川渕氏は辞退したと伝えられています。世界が目を向けている…という事を忘れていると、東京オリンピックは大きな汚点となりかねません。

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