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差別用語

2015年05月23日 | 命の生き方
私の情報源は主にネットです。実際にテレビ等で見たわけでは無く、ネットに流れていた…だけの話です。女優の市原悦子さんが、テレビアニメ「まんが日本昔ばなし」の思い出を番組内で語り、「かたわ」「毛唐」などの「差別用語」を連発したというものです。「やまんば」は、世の中から外れた人だったのではないかというのが市原さんの解釈で(かたわや毛唐だったのではないかと説明)、そのために反骨精神や憎しみが強く、それが他人への攻撃に繋がる。が、一旦心が通じると、今度は心を通わせ合う、その極端さに「やまんば」の魅力があるのだといった事を語られたようです。

やり取り自体は違和感なく、むしろ「やまんば」に対する愛情すら込められていたようですが、番組の終盤になって、突然局のアナウンサーが「体の不自由な方、外国人の方を傷つける発言があった」ことを『お詫び』して謝罪しました。この謝罪が騒動を呼んだようです。今では、民意というものは、ツイッターなどのネットに溢れます。「謝罪」という対応をとった番組への疑問が相次ぎました。市原さんには、差別の意図は無く、「当時そのような形で差別された人」という意味で敢えて使った表現であって問題は無いとする意見が大半だったようです。

差別だとする「言葉狩り」には、元々疑問があります。言葉というものは、良いにつけ悪いにつけ、長い歴史の中で、自然と生まれ、淘汰されていくものです。常に変遷を重ねていくもので、言葉には責任はありません。その言葉を使う人の気持ちの問題であるはずなのです。一方的に差別用語として言葉を禁止したところで、蔑む気持ち自体が止まなければ意味は無いのですから。更に滑稽な事には、このこと自体を報道するネットニュースの中には、実際に使われた差別用語を「○○」「××」と書き入れ、文脈が微妙に通じにくいニュースになっているものすらありました。「市原悦子さんが「○○」「××」などと言った。アナウンサーが先ほどの「○○」「××」は不適切だったと謝罪した。」というようなもので、何が起きたのかさっぱり理解できません。偏に「かたわ」「毛唐」という言葉を書き入れることへの懸念です。が、繰り返して確認しておきたいと思います。差別用語とされる言葉は、蔑む気持ちを持って使われた時に初めて相手を傷つけるのです。表層的な「差別」弾劾はそろそろ卒業しませんか。差別用語だと烙印を押してヒステリックに封じることが、一方でより陰湿な差別意識を温存しているような気さえします。

やさしくなろうよ。それだけです。




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