世界一健康長寿のニライの風来坊

豊饒を齎す理想郷は海の彼方の蓬莱島!ニライの島夢郷!!その桃源郷を求めて南の風来坊は今日も迷走する。

今日も行った 母の居る老健施設へ!

2007年11月19日 | Weblog

相変わらず元気である。それが唯一の救いである。かつての様な、はち

切れる明るさと元気はないが年歳相応の健康さである。ほっとする。恒例の1

週間1度の母との面会である。行きの車中、あれこれ思いを巡らす。元気がな

く萎れていないか、何かの病気で不元気ではないか、咳き込んでいないか、寝

たきりでベッドの上で放心状態になってはいないか、・・・と悪い方へ悪い方へと

想念は悪循環する。着いて顔を観るまで気が気でならない。顔を見た瞬間、健

康状態が、直ぐ分かる。頬に張りがあり眼が明るいと、ほっとする。今日も無事

で元気だ、やっと落ち着いて、何時もの定番の会話を交わす。「どこも痛くな

い?」、「ご飯は食べた?美味しかった?」・・・“どこも痛くない”、“もう、ご飯、

食べたはず”??時計を見ると食事時間ではない。「まだだよ、今から食べる

んだよ」と言うと、“ああ、そうか”、と怪訝そうに答える。・・・面会時のそれも何

時もの定番風景である。健康を確認すると、過去の喜びそうな事例を持ち出し

時間を過ごす。今先、言った文言は、とっくに忘れ何を言ったのか思い出せな

いが遠い過去の健常時の頃の体験は生々しく生き生きと語る。その時が私の

至福の時だ。その文言が聴きたくて母に会いに行くのを楽しみにしている位

だ。健康が確認できるからである。特に幼少時の童謡・唱歌は生き生きと歌

う。三線を弾くのも上手い。既に故人となった親戚の事も生き生きと事例を語

り、現実に生きているのである。故人となった事は知らないのである。母の弟も

既に故人、妹も故人である。にも拘らず、母の中では未だ、彼等は生きてい

る。聴く私は複雑な思いで頷きながら真剣に聴く。それが子の私の精いっぱい

の現実の役目だ、そう自分に言い聞かして時を過ごす。生き生きと語る母の様

子は、かつての健常時の頃と少しも変わらない。この母の子としてこの世に生

を受けた私は世界一の果報者だと心からそう思い自覚する。『お母さん、あり

がとう!』。・・・1週間後、また来るから・・・万感の思いを込めて心の中で、そう

呟き施設を後にした。

 


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