世界一健康長寿のニライの風来坊

豊饒を齎す理想郷は海の彼方の蓬莱島!ニライの島夢郷!!その桃源郷を求めて南の風来坊は今日も迷走する。

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子供の観た史跡旧跡「摩文仁家の墓」

2006年07月14日 | Weblog

「なんて大きな墓なんだろう」。墓の周りはアカ木とガジュマル、そしてススキに囲まれています。南風原町の大名公民館の側にセメントを敷いた道があります。そこを登っていくと宮城原があります。そこに「摩文仁家の墓」があります。この墓は昭和45年7月14日に県の文化財(建造物)に指定されました。ぼく達は文化財が語る歴史を知る為にこの"摩文仁家の墓"まで来たのです。先生に何故、県の指定になったのか、意味を尋ねてみました。「それは、一応、古い歴史があるから、ということだけど、この墓の造りが珍しいので県の指定になったのだよ」。「先生!それならこの墓の中に眠る人は誰なんですか」。「えっとね、第二尚氏10代目の尚質王の第二子「弘毅」(こうき)の墓として造られたんだよ。」と話してくれました。僕たちは、ますますこの墓に興味を持ちました。「先生!さっきね、墓の造りが珍しいとおっしゃったけど、どこが珍しいのですか」。「外面は平たい墓と同じ形をしているけど、この墓の内面は砂岩を刳り貫いて家の様な造りになっているんだよ。」・・・ぼくは先生からこの事を聴くと中に入ってみたい気持ちになりました。沖縄には、それぞれ面白い特長をもった墓が、たくさんあるんだな、と思いました。そして、この「摩文仁家の墓」の所有者、摩文仁朝功(まぶに ちょうこう)さんにも、お会いして、もっと、いろんなお話を聴いてみたいな、と思いました。 (6年 G)

沖縄には、ずいぶん、違った形のお墓があります。およそ7種類ぐらい在ると言われています。祖先の文化を訪ねてみる手掛かりとして、お墓も大事な役目を果たしているのです。 (父 G)

 <学習の手引き>・・・7種類ある墓の形式を調べてもなさい。博物館、図書館の資料で調べられます。

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