わたしの全身に薄い革袋がある
わたしを無言でやさしく蔽っている
黙ってわたしを蔽っている
皮膚というわたしの革袋は
己の存在を主張することはない
淡々としているだけである
脅しもしない
威張りもしない
「わたしが守っているおかげであなたは無事に生きられたんですよ」などとは
言わない
恩に着せない
革袋はわたしに触られているばかりで
革袋の方から存在を主張することはない
ひたすら無言を通している
無言だが
これに一生助けられてきた
赤い臓腑が剥き出しになっていたら
何処にだって行けなかったはずである
今朝わたしの全身の革袋を触ってみた
汚物の詰まった我が輩を
丁寧に覆っている白いこざっぱりの革袋
これに手を当てて撫で回してみた
わたしに革袋がある
全身を蔽っている
革袋はやわやわに柔らかい
これが石のように硬ければ あるいは重ければ
扱いに苦労をしたはずだがこの革袋は柔らかくて軽い。
「お返事」 山鳩暮風
雀がね
ちゅんちゅんちゅん
軒下へ来て
遊ぼうよって誘うんだよ
ほかに誰も
誘ってくれたりはしないから
いま行くよって
返事した
蛙がね
げろげろげろ
木の葉にとまり
歌歌おうよって声をかける
ほかに誰も
声かけたりはしないから
そこで待っててと
返事した
雷が
ごろごろごろ
雲にまたがり
そっちへ来てもいいかってさ
ほかに誰も
訪ねてきたりはしないから
じゃ静かにねって
返事した
「雀が鳴いています」 山鳩暮風
雀が鳴いています
ちゅんちゅんちゅんちゅん
雀が鳴いています
蛙が鳴いてもいます
げろげろげろげろげろげろ
蛙も鳴いています
わたしは病床で
雀を聞いています
蛙を聞いています
痛みに耐えながら
いま痛みに耐えておくと
これで
堪忍するという力がさずかります
あらがわずにいっしんに病んでいると
静かで深い聴力がさずかります
泥沼に沈んでいく気持ちを
こうやって
明るく切り替えます
泥沼に沈んでいるときよりも
これですこしだけ楽になります
やがてここを抜けていくと
もう少し明るくて広い視野が
開けてくるような希望が
わたしにともります
雀が鳴いています
ちゅんちゅんちゅんちゅん
雀が鳴いています
蛙が鳴いています
げろげろげろげろげろげろ
蛙も鳴いています
*
此の詩はもう随分前の詩です。わたしは此処を抜けて出ました。渦中にあってもそこを抜け出ても、雀はチュンチュン鳴いていますし、蛙はゲロゲロ鳴いています。ほんとはは「抜けて出た」のではなくて、そういう手引きがあったのです。それに摑まっていたらよかっただけなのです。まったく自力ではありません。翻って考えてみて、その手引きを有り難く不思議に思います。
「天の手毬が手の平で」 山鳩暮風
てんてんてんまり。
てんてまり。
天のてまりは、
てんてん弾む。
てんてんてんまり。
てんてまり。
天のてまりはひかりのてまり。
雲にあそんでよく弾む。
てんてんてんまり。
てんてまり。
てまりのひかりが、
つくてまり。
てんてんてんまりてんてまり。
てんのてまりが、
てのひらで、
てんてん天まで、よくはねる。
「鼬(いたち)よ」
恐がると
そこが地獄になる
恐がって
自分勝手に
地獄を掘り下げる
恐がるところが
そこが地獄
暗がるところが
そこが地獄
明るい光が
冬空にあふれている
明るい光が
あふれている冬空の
その一点に
鼬よ
迷妄の
暗い地獄を造るな