知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

映画の著作者

2007-09-27 22:48:09 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)8141
事件名 著作権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成19年09月14日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

『1 争点1-1(本件映画の著作者)について
(1) 著作者
 前提事実(2)のとおり,本件映画は独創性(旧著作権法22条の3第2項)を有する映画の著作物であり,黒澤監督がその映画監督であり,証拠(甲23~25,29,69,検甲1~8)により認められる本件映画の内容を併せ考慮すれば,黒澤監督は,少なくとも本件映画の著作者の一人であることが認められる

(2) 被告の主張に対する判断
ア 被告は,旧著作権法には,だれが映画の著作者であるかについて定めた規定はなく,定説もなかったから,特定の映画について監督が著作者であるというためには,当該映画に関する限り,明らかに監督が著作者に該当すると判断するに足りるだけの特別の事情がなければならない旨主張する。なお,被告の主張は,新著作権法15条の職務著作に相当するものを主張するものではない。

 確かに,映画の著作物は,映画製作者が,企業活動として,当初から映画の著作物を商品として流通させる目的で企画し,多額の製作費を投入して製作するものであり,その製作には脚本,音楽,制作,監督,演出,俳優,撮影,美術,録音,編集の担当者など多数の者が関与しており,その関与の範囲や程度も様々であるという特殊性を有する。しかし,著作者とは元来著作物を創作する者をいうから,映画利用の円滑化を図るために,映画製作者に著作権を帰属させる必要があるとしても,そのことから直ちに映画製作者が映画の著作物の著作者となると解することはできず,映画の著作物の著作者は,新著作権法16条と同様に,映画の制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者であると解するのが相当である

 そして,この解釈の正当性は,後記イの立法者意思及びウの新著作権法の審議経過によっても裏付けられる

イ立法者意思
 証拠(甲30)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実を認めることができる(一部は,当事者間に争いがない。)。
(ア) 昭和6年の旧著作権法の改正の立法担当者である小林尋次は,「現行著作権法の立法理由と解釈-著作権法全文改正の資料として-」(文部省発行。甲30)において,映画の著作物の著作者について,次のとおり説明している。
「現実に創作行為を為したる者が著作者であるから,その著作を自己の発意で為したか又は他人から依頼を受けて為したるかは問ところでなく,創作行為さえあれば,何れの場合も著作者である。又被傭者がその職務上著作したものであっても同じであって,現実に創作行為を為したる者が著作者であって,現実に創作行為をしない依頼者又は雇傭主が著作者となることは有り得ない。同様の趣旨から,自然人でない法人が著作者となることは有り得ない」(96頁),「昭和6年の一部改正立法の際に,激しく論議された点がもう一つある。映画の著作者は何人なりやの問題であった。…(略)…そこで精神的創作として関与する者のすべての共同著作と見るか,或は映画監督を以て唯一の著作者(「著作物」は誤記と認める。)と見るかが論議の焦点に上らされた。他面又,この映画監督をも含めてすべての関与者は,映画会社の被傭者であるから,使用者である映画会社を著作権者とするのが妥当ではないかとの論議もあった。なる程映画作成には大きな資本を必要とし,その資本が無くては如何に名監督,名俳優等が集っても名画は完成できないのであり,できあがった後も,資本がなければ,広く映画館を通じて上映することも難かしいから,映画会社を著作権者と認定することが,実際にも適合し且権利の安定上妥当のようにも思われた。しかし又本章第一節でも述べたように,著作者は自然人に限るとすることが正論であるとするならば,映画会社は法人であるから,これを著作者と断定することは妥当を欠く。そこで昭和6年の立法当時は著作者は映画監督であると一応断定し,完成された映画の著作権は映画監督が,原始取得するものであるが,彼は映画会社の被傭者乃至専属契約下に在る者であるから,契約に基き,映画著作権は映画完成と同時に映画会社に移るものとする意見に統一して,国会に臨んだのであるが,国会では本件に関する質問を受けなかったので,答弁説明の機会なくして終った。」(114~115頁)
(イ) この事実によれば,昭和6年改正の立法者意思は,映画の著作物の著作者は映画監督らとするものであったことが認められる。

ウ 新著作権法の審議経過
 証拠(乙1~3)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる(一部は,当事者間に争いがない。)。

(ア) 新著作権法の規定
新著作権法16条は,「映画の著作物の著作者は,その映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者を除き,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。ただし,前条の規定の適用がある場合は,この限りでない。」と,同法15条1項は,「法人その他使用者…の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物…で,その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とする。」と定めていて,職務著作の場合は使用者たる法人等が,それ以外の場合には,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者が著作者である旨明記している
また,新著作権法29条1項は,「映画の著作物(…略…)の著作権は,その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは,当該映画製作者に帰属する。」と定め,映画監督らが原始取得した著作権を映画製作者が承継取得することを定めている

(イ) 映画の著作者に関する議論
a 旧著作権法下における学説
 旧著作権法下において,映画利用の円滑化を図るため,映画製作者に財産権である著作権を帰属させることについては,あまり異論はなかった。
 しかし,映画の著作物の著作者がだれであるかについては,著作権と著作者人格権の分属を認めるのか,現実に創作行為をなし得ない法人が著作者となり得るのかなどの議論と相まって,学説は,①映画製作者であるとする説,②映画監督であるとする説,③脚本,監督,音楽担当者等の共同著作物とする説などに分かれていた。
b 著作権制度審議会第4小委員会審議結果報告
昭和37年に文部大臣の諮問機関として設置された著作権制度審議会第4小委員会が昭和40年5月21日に提出した審議結果報告には,映画の著作物の著作者がだれかという問題について,①シナリオの著作者,音楽の著作者,監督等の映画製作に創作的に関与した者の共同著作物であるという考え方と,②映画製作者の単独の著作物であるという考え方の2つの考え方が併記されていた。
しかし,その後,検討を重ねた結果,昭和41年3月9日の第4小委員会再審議結果報告では,2つの考え方を併記するという従来の結論を改め,①の考え方を採用し,②の考え方は少数意見として付記するにとどめられた
。ただし,シナリオと音楽の著作者については,映画の著作者から除外して原作者として扱うことにし,映画の著作者の範囲を具体的に特定することをやめて,「映画の全体的形成に創作的に関与した者」とし,だれが著作者になるかは個々の映画ごとの判断に委ねることとした。
c 著作権制度審議会答申
著作権制度審議会は,上記小委員会の審議結果報告やこれに対して関係団体から提出された意見,専門委員会審議結果報告などを総合的に検討して,昭和41年4月20日文部大臣に答申し,「映画の著作者は,『映画の全体的形成に創作的に関与した者』とする。著作者には,監督,プロデューサー,カメラマン,美術監督などが該当し,俳優も映画の全体的形成に創作的に関与したと認められるものである限り,映画の著作者たり得ると考えるが,著作者を法文上例示することはしないものとする。」と述べている。
同答申を受けて著作権法案が作成され,第63回国会に提出されて,昭和45年4月28日,新著作権法が成立した。』