知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

審決の部分的な確定

2007-09-21 09:01:45 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10421
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『4 付言
本判決により審決が取り消された事件について,今後行われる審判の審理に資するため,確定効の範囲等に関し,以下のとおり補足して述べる。
(1) はじめに
ア 特許が2以上の請求項に係るものであるときには,その無効審判は請求項ごとに請求することができるものとされていること(特許法123条1項柱書)に照らすならば,2以上の請求項に係る特許無効審判の請求に対してされた審決は,各請求項に係る審決部分ごとに取消訴訟の対象となり,各請求項に係る審決部分ごとに形式的に確定する。審決の形式的な確定は,当該審決に対する審決取消訴訟の原告適格を有するすべての者について,出訴期間が経過し,当該審決を争うことができなくなることによって生ずる(特許法178条3項)。そうすると,2以上の請求項に係る特許についての無効審判において,一部の請求項に係る特許について無効とし,残余の請求項に係る特許について審判請求を不成立とする審決がされた場合には,それぞれ原告適格を有する者(審決によって不利益を受けた者)が異なるため,各請求項に係る審決部分ごとに,形式的確定の有無及び確定の日等が異なる場合が生じ得る。無効審判請求を不成立とした審決部分は,請求人側のみが取消訴訟を提起する原告適格を有するのであるから,請求人側に係る出訴期間の経過によって,審決部分もまた形式的に確定することになる
イ 審決の取消しの判決又は決定の確定により,審判手続が再開され,特許法134条の3第1項又は2項の規定により指定された期間内に訂正請求がされ又は同条5項の規定により同期間の末日に訂正請求がされたものとみなされる場合があるが,その場合には,特許法134条の2第4項の規定による先にした訂正の請求のみなし取下げの効果もまた,請求項ごとに生じる(知財高裁平成19年6月20日決定・平成19年(行ケ)第10081号審決取消請求事件,知財高裁平成19年7月23日決定・平成19年(行ケ)第10099号審決取消請求事件参照)。 
 そして,特許無効審判請求の審決について,審判請求を不成立とした請求項に係る審決部分については取消訴訟が提起されず,特許を無効とした請求項に係る審決部分についてのみ取消訴訟が提起され,かつ,所定の期間内に訂正審判請求がされ,特許法181条2項の規定に基づき,特許を無効とした請求項に係る審決部分が取り消された後,再開された審判手続において,特許法134条の2第4項の規定により特許を無効とした請求項に係る先にした訂正の請求は取り下げられたものとみなされる場合がある。
 これに対して審判請求を不成立とした請求項に係る審決部分は形式的に確定しているので,当該請求項に係る先にした訂正の請求は特許法134条の2第4項の規定により取り下げられたものとみなされることはなく,再開された審判手続において,当該請求項に係る新たな訂正の請求がされているときは,当該請求項に係る特許無効審判請求を不成立とした確定審決が存在することを前提として,いわゆる独立特許要件の有無についても判断すべきことになる(特許法134条の2第5項の規定により読み替えて準用される126条5項)。

(2) 本件手続の経緯
ア本件手続の経緯は,前記第2の1のとおりであり,特許庁は,平成17年6月28日,「特許第2580489号の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする。特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決(第1次審決)をし,これに対して,原告が,第1次審決中の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする部分の取消しを求めて審決取消訴訟を提起し,併せて,本件特許の特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判請求をした。なお,第1次審決中の審判請求不成立部分について,被告(審判請求人)からの審決取消訴訟の提起はなかった。知的財産高等裁判所(第2部)は,特許法181条2項に基づき,事件を審判官に差し戻すため,第1次審決中の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする部分を取り消す旨の決定をした。差戻し後の事件について,所定の期間内に訂正の請求がされなかったため,上記訂正審判請求の請求書に添付された訂正した明細書,特許請求の範囲又は図面を援用した本件訂正の請求がされたものとみなされた。そして,特許庁は,平成18年8月15日,「訂正を認める。特許第2580489号の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする。特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決(本件審決はその一部)をした。
イ 本件手続について見ると,第1次審決中「特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決部分については,被告(審判請求人)において取消訴訟を提起することなく出訴期間が経過したのであるから,同審決部分は形式的に確定した。しかるに,特許庁は,本件特許の請求項5に係る無効審判請求が形式的に確定していないとの前提に立った上で,当該請求項についても審判手続で審理し,「特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」旨の判断をした。上記審判手続のあり方は,著しく妥当を欠くというべきである。 けだし,本件特許の請求項5については,無効審判請求に係る無効理由が存在しないものとする審決部分が確定したことにより,原告は,形式的確定の利益を享受できる地位を得ているのであるから,それにもかかわらず,他の請求項に係る特許を無効とした審決部分について取消訴訟を提起して,当該請求項について有利な結果を得ようとしたことにより,かえって無効審判請求を不成立とする請求項5についてまで,不安定な地位にさらされることになることは著しく不合理だからである
(3) まとめ
本判決により審決が取り消された事件について,今後行われる審判においては,上記の点を踏まえた審理,判断がされるべきである。』

阻害要因を認めた事例

2007-09-21 08:39:18 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10007
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『・・・
 しかし,セパレータとしてカーボングラファイト製のものが周知慣用であり,作業性に関する課題が「金属製」のものと共通であるとしても,引用発明が射出成形手段を前提とするものである以上,引用発明におけるセパレータをカーボングラファイトに代えることには,次のとおり阻害要因があったというべきである。この点を詳細に述べる。

3 容易想到性の判断について
(1) 以上の各記載を総合すると,カーボン材は脆く機械的強度が低いため,カーボンからなる燃料電池用セパレータは,破損し易いものであるために,加工コストが高くなるとともに量産が困難であると認識されていたといえる
そして,引用発明のセパレータは,厚さ0.3mm程度の金属材料を使用し,それに対して射出成形を施すことを前提とし,その条件も「300kgf/cm2」といった高圧で射出材料が金型内に射出されるものであること,他方,カーボンからなる燃料電池用セパレータは,破損し易いものであると認識されていたことからすれば,当業者にとって,カーボン材からなる「カーボングラファイト」を射出成形装置に適用した場合には,カーボン材が有する機械的な脆弱性によって破損するおそれが大きいと予測されていたものと解される
 したがって,引用発明の射出成形による成形一体化工程において,金属製セパレータに代えてカーボングラファイト製セパレータを射出成形装置に適用することには,技術的な阻害要因があったというべきである
・・・

(3) 被告は,乙5,6からカーボン系のセパレータに液状シリコーンゴムを射出成形し,セパレータに一体的にゴムパッキンを形成する技術は,本願出願以前に検討されていたものであり,被告自身も本願出願以前に実施していたなどと主張する
 しかし,乙5,6はいずれも本件特許の出願日の後に公開されたものであり,同各証拠の記載内容によっては,本件各訂正発明の容易想到性の判断,すなわち前記阻害要因があるとする判断を覆すに足りる証拠となるものとはいえない。また,被告の実施が本願出願以前から実施していたとしても,これをもって上記判断を左右するものではない。よって,被告の上記主張は採用できない。』

限定的な限宿の判断事例

2007-09-21 08:27:21 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10055
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『(2) 改正前特許法17条の2第3項4号の該当性(特許請求の範囲の減縮について)
原告は,「補正4」について,補正後の請求項1において,補正前の請求項3に「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」を付加した点は,第3のPチャネル型TFT及び第3のNチャネル型TFTのゲート電極に何が接続されるのか限定していなかったものに対して,接続される対象として「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」を加えたものであるから,<ins>特許請求の範囲の減縮に該当</ins>し,また,補正前の請求項3に係る発明及び補正後の請求項1に係る発明は,共に,半導体装置であって<ins>産業上の利用分野は共通</ins>し,結晶性シリコンで構成される薄膜半導体集積回路の消費電力の低減に関し,薄膜トランジスタのOFF時のリーク電流を低減するものであって,<ins>解決しようとする課題も共通</ins>するから,<ins>「補正4」は,産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明の構成に欠くことができない事項の範囲内において,補正前の請求項3に係る発明の構成に欠くことができない事項の一部を限定するものである</ins>と主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

イ 改正前特許法17条の2第3項2号は,特許請求の範囲の減縮であって,補正前発明と産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明の構成に欠くことができない事項の範囲内において,その補正前発明の構成に欠くことができない事項の全部又は一部を限定するものに限る旨を規定する。
そこで,「補正4」が同項2号の要件を満たすためには,同補正において付加した「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」との構成要素が,補正前の請求項3における「発明の構成に欠くことができない事項」に含まれること,及び,補正によって,その事項を限定するものといえること(すなわち,補正前の請求項に含まれる包括的抽象的な解決手段たる上位概念を,具体的な解決手段たる下位概念とすることよって,当該事項を限定すること)が必要である
本件についてこれをみると,補正前の請求項3には,電源に関する技術的事項は何ら特定されておらず,駆動用の電源が「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」によって制御の対象とされることは何ら記載されていないから,包括的抽象的な解決手段たる上位概念である「電源」に該当するものは,何ら記載がないことになる。補正後の請求項1における,「第1の電源制御回路と第2の電源制御回路」の記載,及び「第3のPチャネル型TFTのゲート電極」は「第1の電源制御回路」に,「第3のNチャネル型TFTのゲート電極」は「第2の電源制御回路」に,それぞれ「接続され」るとの態様を示した記載から直ちに,当該電源制御回路が駆動用の電源を制御する回路であると理解することもできない。

上記によれば,原告主張は失当であり,採用することはできない。』

明瞭でない記載の釈明の判断事例

2007-09-21 08:26:40 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10055
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『(1) 改正前特許法17条の2第3項4号の該当性(明りょうでない記載)について
原告は,「補正4」は,「Pチャネル型TFTのゲート電極及びNチャネル型TFTのゲート電極が何と接続しているか」を明りょうにしたものであり,これによって何らの技術的な意義を付加するものではないから,改正前特許法17条の2第3項4号に規定する「明りょうでない記載の釈明」に該当すると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。

ア特許請求の範囲の記載
 ・・・
 以上のとおり,補正前の請求項3に係る発明は,第1及び第2のPチャネル型TFTと第1及び第2のNチャネル型TFTとが直列接続されて構成されるCMOS回路と,第3のPチャネル型TFT及びNチャネル型TFTをその要素とし,それらの接続態様として,上記③ないし⑤に示すような各TFTの電極間の接続関係により特定されている
 これに対して,「補正4」は,「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」なる新たな構成要素を付加し,さらに,「Pチャネル型TFTのゲート電極」及び「Nチャネル型TFTのゲート電極」について,「第3のPチャネル型TFTのゲート電極」は「第1の電源制御回路」に,「第3のNチャネル型TFTのゲート電極」は「第2の電源制御回路」に,それぞれ接続されるよう特定したものである

イ発明の詳細な説明欄の記載
・・・

ウ判断
 上記アによれば,「補正4」により新たに付加された「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」につき,補正前の請求項3と補正後の請求項1を対比すると,補正前の請求項3には,それぞれ「第3のPチャネル型TFTのゲート電極」及び「第3のNチャネル型TFTのゲート電極」に接続されることを規定するのみであって,それ以外には,Pチャネル型及びNチャネル型のTFTからなる半導体素子とどのような技術的な関係を有するのか,何に対する電源制御回路であるのか,「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」内のどの部分が「第3のPチャネル型TFTのゲート電極」及び「第3のNチャネル型TFTのゲート電極」に接続されるのかについて,何らの記載も示唆もない。 そうすると,「補正4」は,新たな技術的事項を備えた回路を付加する補正であるというべきであって,「明りょうでない記載の釈明」に該当するということはできない
・・・
また,「補正4」は,本件明細書中の「発明の詳細な説明」欄の記載に
基づくものということもできない。
よって,原告の主張は失当であり採用することはできない。』

『エ 拒絶査定における指摘に関する原告の主張について
 原告は,「補正4」は, 拒絶査定において,「(5)請求項3に記載の『第2,第3のPチャネル型TFT』及び『第2,第3のNチャネル型TFT』のそれぞれのゲート電極には何が接続されるのか不明瞭である。」 (甲7。3頁19行~21行)との指摘を受けて補正したものであるから,改正前特許法第17条の2第3項4号所定の「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」に該当するというべきであると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
(ア) 拒絶査定(甲7)には,「この出願については,平成15年8月5日付け拒絶理由通知書に記載した理由1,4によって,拒絶をすべきものである。」と記載され,同拒絶理由通知書(甲4)には,理由1として「特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」と,また理由4として,「特許法第17条の2第2項において準用する同法第17条第2項に規定する要件を満たしていない。」と記載されていることに照らせば,拒絶査定は,改正前特許法36条4項,5項2号に規定する要件(いわゆる記載不備)を理由としたものではないことは明らかである。さらに,拒絶理由通知書(甲4)を見ても,本件補正前の請求項3(甲6)に対応する請求項である平成14年3月20日付け手続補正書(甲3)の請求項3に対しては,改正前特許法36条5項2号に規定する要件違反(記載不備)の拒絶理由は通知されていない。 してみれば,「補正4」 は,拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものではないから,原告の主張は,その主張自体失当である。

(イ) 次に,拒絶査定における指摘事項に対する原告主張を検討する。
拒絶査定(甲7)には,以下の各記載がある。
① 「この出願については,平成15年8月5日付け拒絶理由通知書に記載した理由1,4によって,拒絶をすべきものである。」との記載(1頁7行~8行)
② 「備考」欄における理由1及び理由4に関する説明及び結論(同頁11行~3頁1行)
破線を施した下段に,「〔以下の記載は,拒絶査定を構成するものではない。審判請求をされる場合は,参考にされたい。〕」(3頁3行~4行)とした上で,「(5)請求項3に記載の『第2,第3のPチャネル型TFT』及び『第2,第3のNチャネル型TFT』のそれぞれのゲート電極には何が接続されるのか不明瞭である。」との記載(3頁19行~21行)④ 「(11)審判請求時に補正を行う際には,補正で付加できる事項は,この出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項のほか,出願当初の明細書又は図面の記載から自明な事項に限られ,且つ特許請求の範囲の限定的減縮,不明瞭な記載の釈明又は誤記の訂正を目的とする補正に限られることに注意し,審判請求の理由で,各補正事項について補正が適法なものである理由を,根拠となる出願当初の明細書の記載箇所を明確に示したうえで主張されたい。‥‥‥」(4頁2行~8行)との記載以上の記載がある。

 そうすると,拒絶査定における「(5)請求項3に記載の『第2,第3のPチャネル型TFT』及び『第2,第3のNチャネル型TFT』のそれぞれのゲート電極には何が接続されるのか不明瞭である。」(3頁19行~21行)との記載部分は,拒絶査定を構成するものではなく,原告に対して特定の補正を教示・示唆するものでもなく,審判請求時の補正に当たって留意すべき点を指摘したものにすぎないと認められる。
以上のとおり,原告の主張は,その前提において採用することができない。』