知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

実施可能要件を検討する標準的手法

2007-09-29 16:57:40 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10044
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,本件訂正発明1ないし10は,これらの発明における保護回路に係る課題解決のための技術事項が,本件明細書の発明の詳細な説明において,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているとはいえず,発明の詳細な説明の記載が特許法旧36条4項に規定する要件を満たしていないと判断する。その理由は,以下のとおりである

1 取消事由3(理由(3)に係る認定判断の誤り)について
 ・・・
 そうすると,本件においては,本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載に,上記の「R1とR2の抵抗値を選択して・・・正常な駆動電圧は表示装置に通過させるが,過大な電圧は通過させず,適切にバイパスさせる」との技術事項が,当業者にとって,発明を実施できる程度に,説明されているといえるか否かが検討の対象となる。

(1) 本件明細書(甲7の2)の発明の詳細な説明の記載
 ア 発明が解決しようとする課題等
(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には,産業上の利用分野,従来の技術,発明が解決しようとする課題について,次の記載がある。
  ・・・
(イ) 上記(ア)の記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明では,画素を構成する電気光学素子(例えば,液晶素子)を薄膜トランジスタにより制御するアクティブマトリクス型表示装置では,静電気等により表示部の薄膜トランジスタのゲート電極に高い電圧がかかった場合や,薄膜トランジスタのソース・ゲート間に過大な電圧がかかってゲート電極とチャネル形成領域との間の電圧が大きくなった場合に,ゲート絶縁膜が破壊され,素子として機能しなくなるという問題があったので,本件訂正発明は,発生した過大な電圧を速やかに取り除く回路を適切な位置に設けることによって,表示部の薄膜トランジスタを破壊から保護するようにしたもの,とされていることが理解できる

イ 課題を解決するための手段
(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には,発明の課題を解決しようとする手段について,次の記載がある。
  ・・・
(イ) 上記(ア)の記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明では, ・・・などが,説明されているということができる。

ウ 保護回路の構成
(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明欄には,保護回路を構成する抵抗R1及びR2と薄膜トランジスタ並びに回路の動作に関する説明として,次の記載がある。
 「・・・」
(イ) 上記記載によれば,保護回路の設計に当たって,薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値を考慮することが,ソース・ドレイン間に印加される電圧を決定する上で重要であるとしつつも,実際には,薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値10 ~10 Ωと比べ8 11て,抵抗R1とR2の値を10 Ω程度とすることができるため,薄膜12トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値は無視できるとの説明がされている。なお,段落【0017】,【0022】では,薄膜トランジスタのゲートに印加される電圧は,R1とR2の抵抗値の比で決まると説明されているが,その理由は,段落【0025】の記載により,R1とR2の抵抗値が薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値よりも桁違いに大きく,後者は無視できるためであると理解できる。

(2) 判断
本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載によれば,「R1とR2の抵抗値を選択して・・・正常な駆動電圧は表示装置に通過させるが,過大な電圧は通過させず,適切にバイパスさせ」て,アクティブマトリクス型表示装置の表示部を静電気等の高電圧による破壊から保護するという本件訂正発明の課題を解決する手段が,具体的に説明されているとはいえないと解される。
その理由は,次のとおりである。

ア すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明には,①薄膜トランジスタを用いた保護回路が,保護回路として機能するためには,正常な駆動電圧は通過させるが,過大な電圧は通過させず,適切にバイパスさせるものでなければならない,②本件明細書の説明では,図6,図7に示した回路構成において,R1とR2の抵抗値を選択して薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の電圧とゲート電極の電圧を適正な値に設定することにより,このような動作が可能とされている,③その理由は,R1とR2の抵抗値が薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値よりも桁違いに大きく,後者の抵抗が無視できるため,R1とR2の抵抗値の比で薄膜トランジスタのゲートに印加される電圧が決まるためであるという事項が記載されている。
 しかし,薄膜トランジスタのソース・ドレインの抵抗を無視できるということは,薄膜トランジスタのゲートに電圧を印加して,これをオン・オフ状態を切り替えたとしても,R1及びR2を含めた保護回路全体の抵抗値はほとんど変化しないことを意味する。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載事項によれば,アクティブマトリクス型表示装置の表示部にかかる過大な電圧を速やかに取り除くという本件訂正発明の目的を達成できないことは,明らかである

イ これに対し,原告は,以下のとおり主張する。
まず,原告は,抵抗として機能するITO膜の抵抗は,保護回路全体の抵抗の範囲内で保護回路の薄膜トランジスタの保護効果と過大な電圧を速やかに除去する効果のバランス等を考慮して決定されるのであり,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本件訂正発明の目的,構成及び効果が記載されている旨主張する。しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記検討したほかには,保護回路を設計するために必要な具体的な指針や実施例の説明がなく,これに接した当業者が,原告主張のような一般論のみに基づいて,前記の機能を有する保護回路を容易に設計できるとも認められない
 また,原告は,本件明細書の段落【0069】~【0071】には,実施例2として,画素電極として形成されるITO膜の一部を保護回路のゲートとソース及びドレインの一方との接続に利用する態様が開示されており,当業者が本件訂正発明のアクティブマトリクス型表示装置を製造できるように記載されていることは明らかであるとも主張する。しかし,実施例2は,ITO等の透明導電性材料の皮膜をスパッタ法により形成後,パターニングを行って,表示部の画素電極と,表示部の周辺領域に設けられる保護回路の抵抗として機能する配線とを形成することを説明しているにすぎず,このようにして形成されたものが保護回路に必要とされる上記の機能を有することを裏付けるものではない。』

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