知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

限定的な限宿の判断事例

2007-09-21 08:27:21 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10055
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『(2) 改正前特許法17条の2第3項4号の該当性(特許請求の範囲の減縮について)
原告は,「補正4」について,補正後の請求項1において,補正前の請求項3に「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」を付加した点は,第3のPチャネル型TFT及び第3のNチャネル型TFTのゲート電極に何が接続されるのか限定していなかったものに対して,接続される対象として「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」を加えたものであるから,<ins>特許請求の範囲の減縮に該当</ins>し,また,補正前の請求項3に係る発明及び補正後の請求項1に係る発明は,共に,半導体装置であって<ins>産業上の利用分野は共通</ins>し,結晶性シリコンで構成される薄膜半導体集積回路の消費電力の低減に関し,薄膜トランジスタのOFF時のリーク電流を低減するものであって,<ins>解決しようとする課題も共通</ins>するから,<ins>「補正4」は,産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明の構成に欠くことができない事項の範囲内において,補正前の請求項3に係る発明の構成に欠くことができない事項の一部を限定するものである</ins>と主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

イ 改正前特許法17条の2第3項2号は,特許請求の範囲の減縮であって,補正前発明と産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明の構成に欠くことができない事項の範囲内において,その補正前発明の構成に欠くことができない事項の全部又は一部を限定するものに限る旨を規定する。
そこで,「補正4」が同項2号の要件を満たすためには,同補正において付加した「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」との構成要素が,補正前の請求項3における「発明の構成に欠くことができない事項」に含まれること,及び,補正によって,その事項を限定するものといえること(すなわち,補正前の請求項に含まれる包括的抽象的な解決手段たる上位概念を,具体的な解決手段たる下位概念とすることよって,当該事項を限定すること)が必要である
本件についてこれをみると,補正前の請求項3には,電源に関する技術的事項は何ら特定されておらず,駆動用の電源が「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」によって制御の対象とされることは何ら記載されていないから,包括的抽象的な解決手段たる上位概念である「電源」に該当するものは,何ら記載がないことになる。補正後の請求項1における,「第1の電源制御回路と第2の電源制御回路」の記載,及び「第3のPチャネル型TFTのゲート電極」は「第1の電源制御回路」に,「第3のNチャネル型TFTのゲート電極」は「第2の電源制御回路」に,それぞれ「接続され」るとの態様を示した記載から直ちに,当該電源制御回路が駆動用の電源を制御する回路であると理解することもできない。

上記によれば,原告主張は失当であり,採用することはできない。』

明瞭でない記載の釈明の判断事例

2007-09-21 08:26:40 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10055
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『(1) 改正前特許法17条の2第3項4号の該当性(明りょうでない記載)について
原告は,「補正4」は,「Pチャネル型TFTのゲート電極及びNチャネル型TFTのゲート電極が何と接続しているか」を明りょうにしたものであり,これによって何らの技術的な意義を付加するものではないから,改正前特許法17条の2第3項4号に規定する「明りょうでない記載の釈明」に該当すると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。

ア特許請求の範囲の記載
 ・・・
 以上のとおり,補正前の請求項3に係る発明は,第1及び第2のPチャネル型TFTと第1及び第2のNチャネル型TFTとが直列接続されて構成されるCMOS回路と,第3のPチャネル型TFT及びNチャネル型TFTをその要素とし,それらの接続態様として,上記③ないし⑤に示すような各TFTの電極間の接続関係により特定されている
 これに対して,「補正4」は,「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」なる新たな構成要素を付加し,さらに,「Pチャネル型TFTのゲート電極」及び「Nチャネル型TFTのゲート電極」について,「第3のPチャネル型TFTのゲート電極」は「第1の電源制御回路」に,「第3のNチャネル型TFTのゲート電極」は「第2の電源制御回路」に,それぞれ接続されるよう特定したものである

イ発明の詳細な説明欄の記載
・・・

ウ判断
 上記アによれば,「補正4」により新たに付加された「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」につき,補正前の請求項3と補正後の請求項1を対比すると,補正前の請求項3には,それぞれ「第3のPチャネル型TFTのゲート電極」及び「第3のNチャネル型TFTのゲート電極」に接続されることを規定するのみであって,それ以外には,Pチャネル型及びNチャネル型のTFTからなる半導体素子とどのような技術的な関係を有するのか,何に対する電源制御回路であるのか,「第1の電源制御回路」及び「第2の電源制御回路」内のどの部分が「第3のPチャネル型TFTのゲート電極」及び「第3のNチャネル型TFTのゲート電極」に接続されるのかについて,何らの記載も示唆もない。 そうすると,「補正4」は,新たな技術的事項を備えた回路を付加する補正であるというべきであって,「明りょうでない記載の釈明」に該当するということはできない
・・・
また,「補正4」は,本件明細書中の「発明の詳細な説明」欄の記載に
基づくものということもできない。
よって,原告の主張は失当であり採用することはできない。』

『エ 拒絶査定における指摘に関する原告の主張について
 原告は,「補正4」は, 拒絶査定において,「(5)請求項3に記載の『第2,第3のPチャネル型TFT』及び『第2,第3のNチャネル型TFT』のそれぞれのゲート電極には何が接続されるのか不明瞭である。」 (甲7。3頁19行~21行)との指摘を受けて補正したものであるから,改正前特許法第17条の2第3項4号所定の「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」に該当するというべきであると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
(ア) 拒絶査定(甲7)には,「この出願については,平成15年8月5日付け拒絶理由通知書に記載した理由1,4によって,拒絶をすべきものである。」と記載され,同拒絶理由通知書(甲4)には,理由1として「特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」と,また理由4として,「特許法第17条の2第2項において準用する同法第17条第2項に規定する要件を満たしていない。」と記載されていることに照らせば,拒絶査定は,改正前特許法36条4項,5項2号に規定する要件(いわゆる記載不備)を理由としたものではないことは明らかである。さらに,拒絶理由通知書(甲4)を見ても,本件補正前の請求項3(甲6)に対応する請求項である平成14年3月20日付け手続補正書(甲3)の請求項3に対しては,改正前特許法36条5項2号に規定する要件違反(記載不備)の拒絶理由は通知されていない。 してみれば,「補正4」 は,拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものではないから,原告の主張は,その主張自体失当である。

(イ) 次に,拒絶査定における指摘事項に対する原告主張を検討する。
拒絶査定(甲7)には,以下の各記載がある。
① 「この出願については,平成15年8月5日付け拒絶理由通知書に記載した理由1,4によって,拒絶をすべきものである。」との記載(1頁7行~8行)
② 「備考」欄における理由1及び理由4に関する説明及び結論(同頁11行~3頁1行)
破線を施した下段に,「〔以下の記載は,拒絶査定を構成するものではない。審判請求をされる場合は,参考にされたい。〕」(3頁3行~4行)とした上で,「(5)請求項3に記載の『第2,第3のPチャネル型TFT』及び『第2,第3のNチャネル型TFT』のそれぞれのゲート電極には何が接続されるのか不明瞭である。」との記載(3頁19行~21行)④ 「(11)審判請求時に補正を行う際には,補正で付加できる事項は,この出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項のほか,出願当初の明細書又は図面の記載から自明な事項に限られ,且つ特許請求の範囲の限定的減縮,不明瞭な記載の釈明又は誤記の訂正を目的とする補正に限られることに注意し,審判請求の理由で,各補正事項について補正が適法なものである理由を,根拠となる出願当初の明細書の記載箇所を明確に示したうえで主張されたい。‥‥‥」(4頁2行~8行)との記載以上の記載がある。

 そうすると,拒絶査定における「(5)請求項3に記載の『第2,第3のPチャネル型TFT』及び『第2,第3のNチャネル型TFT』のそれぞれのゲート電極には何が接続されるのか不明瞭である。」(3頁19行~21行)との記載部分は,拒絶査定を構成するものではなく,原告に対して特定の補正を教示・示唆するものでもなく,審判請求時の補正に当たって留意すべき点を指摘したものにすぎないと認められる。
以上のとおり,原告の主張は,その前提において採用することができない。』

「刊行物に発表する」との文言の解釈

2007-09-01 09:31:33 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10559
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年08月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『2 「刊行物に発表する」との文言の解釈の誤りについて
原告は,特許法30条1項の「刊行物に発表」することが「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」と解されるべきであったとしても,本件パンフレットによる公開は,原告が自ら主体的に刊行物に発表した場合であるから,本件出願に同項の適用があると主張する
(1) 特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表」することの意義について,原告も引用する最高裁平成元年判決は,発明が公開特許公報に掲載されることが特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表し(た)」ことに該当するか否かが争われた事案において,「特許を受ける権利を有する者が,特定の発明について特許出願した結果,その発明が公開特許公報に掲載されることは,特許法30条1項にいう『刊行物に発表』することには該当しないものと解するのが相当である。けだし,同法29条1項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法30条1項にいう『刊行物に発表』するとは,特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ,公開特許公報は,特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより,特許庁長官が手続の一環として同法65条の2の規定に基づき出願にかかる発明を掲載して刊行するものであるから,これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。」と判示している。

(2) 最高裁平成元年判決の事案は,我が国又は外国の公開特許公報による公開が特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表し」たことに該当するか否かが争われた事案であり,このような事案において,公開特許公報による公開は,特許庁長官が特許法の規定に基づいて刊行するものであって,特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないと判示されている
 事案と判示事項との関係からみれば,最高裁平成元年判決のいう「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」には,公開特許公報による公開のように,特許出願手続の一環として制度的に公開される場合は含まれないと解される。また,最高裁平成元年判決は,「主体的」であるか否かについて,個々具体的事案における特許を受ける権利を有する者の意思内容によって判断したものではないから,「主体的」であるか否かは,発明の公開について定めた国内法や外国法の規定の解釈によって制度的に判断すべきもので,特許を受ける権利を有する者の具体的意思によって判断するものではないと解される。仮に,特許を受ける権利を有する者の意思を考慮したとしても,後に発明が公開されることを認識し,公開されることを認容して出願をすることは,最高裁平成元年判決にいう「主体的」に該当しないことも,事案と判示事項から明らかである。

 本件パンフレットによる公開は,国際公開パンフレットによる国際公開であり,国際出願があった場合において,特許協力条約21条の規定に基づき,国際事務局が行うものであること,国際出願においても,国際公開によって補償金請求権が発生し得ること,の2点において,公開特許公報による公開と共通する。また,我が国への特許出願ではない点において,外国の公開特許公報による公開と共通する。
(3) 以上によれば,本件パンフレットによる公開が最高裁平成元年判決のいう「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」に該当しないことは,最高裁平成元年判決の判示内容から導き出されるものであると認められる
。』


『3 第三者の不利益についての解釈の誤りについて
 原告は,仮に外国特許公報等に掲載されることを新規性喪失の例外事由として認めたとしても,パリ条約による優先権等の主張の利益と重複する過重な保護を与えることにならず,第三者に不測の不利益をもたらすものでもなく,むしろ,公開公報を他の刊行物と公平に取り扱うことの利益の方が大きいと主張する
(1) 特許法30条1項の趣旨は,特許要件として新規性が要求されているため,特許出願をすることなく,自ら発明を公開した者は,その後に特許を出願しても,自ら発明を公開したことにより特許を受けられない結果になることがあり得るところ,この結果は,発明者,特に特許法の規定を十分知らない技術研究者にとって酷であり,また,発明を公開した者が公開によって不利益を受けることになっては,産業の発達に寄与するという特許法の目的(同法1条)に悖る結果ともなることから,一定の要件を具備した場合には,発明が既に公開されていることを理由に特許出願を拒絶されることがないようにするというものである
また,特許法30条は,29条1項の例外を定めた規定であり,その解釈適用は,例外を定めた趣旨に合致するように,上記のような発明者を救済するために必要な限度で行われるべきであり,発明者を必要以上に保護したり,社会一般に不測の損害を与える結果を招来したりすることがあってはならないと解される
(2) 特許法30条1項の趣旨が上記のようなものであるところからすれば,原告は,本件出願の前に,国際出願を行った(甲第1号証)のであるから,既に特許出願手続に着手したものということができ,この点において,原告は,もはや同項が救済しようとしている技術研究者等に該当しない。』