江戸時代前期の1682年(天和2年)に井原西鶴が発刊した「好色一代男」巻三の「恋のすて銀」という章に、京の遊女の美容法について次のような記述がある。
「顔はゆげに。むしたて。手に指かねを。さゝせ足にハ。革踏はかせながら。寝させて。髪ハさねかづらの雫に。すきなし。身ハあらひ粉絶さす。二度の喰物。」
要約すると
「顔は湯気で蒸し、手には指かね(金)を差し、足には革足袋をはいて寝る。また、髪の毛はサネカズラの汁を使って梳き、体は米ぬかの洗粉で洗うことを絶やさず。また食事は日に二度。」
遊女も、売れっ子になるためにはやっぱりルックスが大事。今風に言えば、これがモテ女になるためのエステ法であり、ダイエット法でもあったわけだ。今日の常識からいうと首をかしげたくなるものもあるが、時代は変わっても女性の、美を追究する心は変わらない。
「好色一代男」巻三 赤い傍線の部分が美容法のくだり
「顔はゆげに。むしたて。手に指かねを。さゝせ足にハ。革踏はかせながら。寝させて。髪ハさねかづらの雫に。すきなし。身ハあらひ粉絶さす。二度の喰物。」
要約すると
「顔は湯気で蒸し、手には指かね(金)を差し、足には革足袋をはいて寝る。また、髪の毛はサネカズラの汁を使って梳き、体は米ぬかの洗粉で洗うことを絶やさず。また食事は日に二度。」
遊女も、売れっ子になるためにはやっぱりルックスが大事。今風に言えば、これがモテ女になるためのエステ法であり、ダイエット法でもあったわけだ。今日の常識からいうと首をかしげたくなるものもあるが、時代は変わっても女性の、美を追究する心は変わらない。
「好色一代男」巻三 赤い傍線の部分が美容法のくだり