徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

取り込み詐欺に遭った話

2012-10-22 20:05:30 | ビジネス
 滋賀県彦根市の工場に勤務していた20年ほど前の話である。急な増産計画が持ち上がり、工場現場に100名を超える中途採用を行なうことになった。工場周辺だけでは員数を賄えないため、大阪まで出かけて採用面接会を行なった。多くの若者が応募してきたが、その中に見るからに好青年のNという男がいた。20代の後半で既に妻子もいると履歴書には書かれていた。面接での受け答えも抜群でトップクラスの評価で採用した。Nは京都に妻子を残して彦根市内の会社の寮に入寮した。仕事ぶりもまじめだった。ひと月ほど経ったある日、寮の管理人から電話がかかってきた。Nが行方不明だという。あわてて寮へかけつけた。彼の部屋はもぬけの殻となっていた。そして大変な問題が起きていた。彼は社員となったこのひと月の間に、会社の生協と契約した電器販売店から多くの家電を月賦で買い込んでいたのである。これは給料天引きで支払われることになっているのだが、本人がいなくなれば生協が本人に代わって電器販売店に残りの代金を支払わなければならない。その金額の大きさに生協の担当者が青くなって相談に来た。こちらも採用した責任があり、なんとかしなければならない。警察に被害届を出すべきではという意見もあったが、手続きが面倒だし、その前に自分たちの手で本人を何とかつかまえようという話になった。さっそく僕と生協の担当者の二人で、履歴書に書いてあった自宅へ向かった。その家は京都の山科区のある町に確かにあった。家には誰もいなかったが、しばらくすると奥さんと思しき女性が帰って来た。「Nの奥さんですか?」と尋ねると「はい、そうです」と言う。しかし、続けて「Nはもう1年ほどここには帰っておらず、実質的にはもう夫婦ではない」と言う。そこで事情をありのままに話した。奥さんはNが再就職したことも知らなかった。そして続けて語った話に愕然とした。「おたくもやられたんですね。実は以前勤めていたT自動車でもM電器でもやったんです。大きな企業ほど甘いんですね。彼の一家は取り込み詐欺のプロ集団なんです。彼は品物を詐取する担当で、あとの換金処理などは他の家族がやります」話を聞いているうちに段々自分たちのまぬけぶりが情けなくなってきた。Nにとって僕らを騙すのは赤子の手をひねるようなものだったに違いない。Nの家族がどこに住んでいるかも知らないという奥さんの話にトボトボと帰るしかなかった。後の処理は生協にお任せすることになったが、想い出す度に心が痛む。

※写真は琵琶湖の湖水を京都市へ送る琵琶湖疏水