http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35339
もう一回なんてゴメンだけど
どうやらこの国のトップに立つ人たちには
自分以外になんとしても守りたい人がいないらしい
たとえ家族と言えども例外ではないらしい
常に自分の地位や面子それが一番
そんな人間に他人である国民を守るってことは
頭の隅っこにもナシってことね
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35339
もう一回なんてゴメンだけど
どうやらこの国のトップに立つ人たちには
自分以外になんとしても守りたい人がいないらしい
たとえ家族と言えども例外ではないらしい
常に自分の地位や面子それが一番
そんな人間に他人である国民を守るってことは
頭の隅っこにもナシってことね
南相馬で事故後ズ~ト精力的に活動している大山市議のブログ
http://mak55.exblog.jp/15949417/」
飯館村で自然農を営まれいた人のウログ
http://ameblo.jp/nouka-challenge/entry-11263111497.html
高濃度に汚染させてしまった地域だと言うのに
動かない行政への怒りや苛立ち
文字からヒシヒシと伝わってくる
でも怒りのエネルギーがもっと大きなうねりにならないと
何も変わることがないのだろうか
果物は体に良いと言うけれど
全般的にあまり好きではない
頂き物以外自分で買って食べることはあまりない
でもなぜか柑橘類には手が伸びる
今年に入って10キロ入りの文旦2回
甘夏2回箱ごと買っている
食べ終わった後
ピール作りもセッセトやって
紅茶と一緒にテータイム
ところが・・・・
http://takedanet.com/2012/05/post_d1b2.html
柑橘類の汚染度なんで高いの?
柑橘類はほとんど常緑・・・そのせいなのかな?
葉っぱを常食しているアゲハの幼虫
体内被曝してしまうよ~
我が家の1坪菜園の野菜スクスク伸びて
緑に覆われ葉っぱも大きく立派になって
これって風呂の残り湯、コメのとぎ汁乳酸菌のおかげ
それともセシュムのおかげ?
生活の中に入り込みすっかり根を張ってしまった
汚染とのお付き合い
う~ん・・・・疲れるな~
そう言いながら
出来立てのピール・・・・・・・ムシャムシャ
http://ameblo.jp/allahakbar231/entry-11262806302.html
原発事故後すぐに除染という言葉が脚光をあび
木を伐り草を剥ぎじ命の源である大地を裸にする
我が家の里山ガーデンも知人に除染を勧められたけど
私は手を付けず放置することに決めた
草が大切な大地を守ってくれる・・・そんな気がした
除草剤なるものが登場してから
田圃や畑の畔の緑の絨毯は赤茶色になって・・・・
でもかならず雑草と呼ばれる草花が大切だって時代が来るはず
ズ~ト、ズットそう思ってきた・・・願ってきた・・・
偉大なる自然の前では人間だって小さな虫と同じレベル
最後の最後に頼るのは自然
草木の使命にたくさんの人が気づく日がくるのかな?
外は初夏の日差し
でも家の中には心地よい5月の風が吹き抜けていく
日々の生活の中で感じる幸せ感
それはいつも自然から
那須の心地良い風、空気、水、大地
そこに集う虫、鳥、草花・・・・・
どんなに疲れていてもどんなに落ち込んでいても
自然はフトした癒しの表情をみせ
幸せな気分に変えてくれた
そんな大切な自然を汚してしまい
残りの人生
いただいた幸せ分
切ない思いで過ごすことになるのだろう
http://www.youtube.com/watch?v=ABkW3SRtEz0&feature=player_embedded
12歳の女の子でも理解しているのに
大人は理解していないんじゃなくて
理解して
どうすべきか考えるのがメンドクサイだけなんだよね
きっと・・・・
http://www.youtube.com/watch?v=a5W9-ukMIo4
~~一話から八話まで
一つ一つは短いストーリだけど
あっというまに8話見終えました
事故を起こし現在も進行中の当事国では
制作されない人々の思い
それがとても悲しく残念・・・・
つむじ風さんのブログで
とにかく、面白い! お暇な人は、どうぞ!!
と言うことで2時間
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2012/05/post_1759.html
確かにおもしろい~
日頃の???がいくつかとけた様な・・・・・
クマのプーさんのブログ
時々素敵な詩が載っている
http://blog.livedoor.jp/amaki_fan/archives/52099241.html
私には詩を書くセンスはないけれど
太陽の下へ
私の心的状況もまったくもって同じです
太陽の下で植物や生き物と向き合っている時だけ
今起きている現実から解放される時間です