ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

甲斐よしひろ BEAT HARDWORK(5/6)3

2022-05-19 15:39:00 | メディア
神戸のサテライトスタジオの話題に続いては…
「えー、まあ、そういうことで…あの…今ですね、実は、えーと…YouTubeで
僕、映像上げてまして…えー、まっ、それが『レッド・スター』っていう、ねぇ?
えー、YouTubeなんですけども…」と甲斐さん

続いて読み始められた、ウクライナ情勢に関する投稿の中の
「『さっさと降伏しないから、多くの国民が亡くなった』と
ウクライナ政府を批判する意見があったり…との一文に
「ねぇ?これは、アレですね、どこかの玉川徹ですね、これね、言ったのは…
これ、ホンット問題になってるんですよ、この発言」と腹立たし気におっしゃってましたが

橋下徹さんも全く同じことをおっしゃっていたのが
ウクライナ兵士の方が、現場の様子を伝え、この戦いの意味を訴えておられるのをご覧になると
一転して「頑張れ!応援する!」と言い出されたのを聞いて

前者の発言については「イヤイヤ!降伏するということは
ウクライナという国がなくなってしまうってことだと判ってんのかな?」と疑問だったし
後者に至っては、何をかいわんやって感じで
こういうコメンテーターの方々にとっては、この問題も「ただの時事ネタの1つ」なんだなあと…(汗)

ともあれ…元コメンテーターの甲斐さん(笑)は…「えー、そうですね、ロシア側がですね
何万人ものウクライナ人を国に連れて帰って、シベリアで働かせてるという…
もうね、えー、もうその噂が出てて…これ、間違いなくホントだと思うんですけど
もう、ナンかね、第二次世界大戦かと思うもんね

日本人はもうシベリア抑留…あの…抑留したっていう経験があるから…
えー、僕の周りにも、もう何人かいましたし
えー、戦争が終わってるのに、えー、3年も4年も5年も帰って来ないっていう人がいましたから…
もう、こういうのは、ホンットにもう、アレですよ、ねぇ?」と話されてましたが

そのロシア国内の情報統制も、先の大戦時の日本のそれと同じだと言われていたりとか
ウクライナカラーの小物を身につけていたり
少しでも反戦の意志を示す言動があれば、即刻逮捕連行されたり…といった部分でも
第二次世界大戦時の日本を彷彿させるとのご意見も少なからずあります(汗)

続いて…「『レッド・スター』胸に響きました!」という方からの投稿
「3月最後の全体朝会で、開催中の北京パラリンピックのこと
そして『明日は東日本大震災があった日』のこと
そして、ウクライナの惨劇のことについて、子供たちに語りかけました」…と読まれて
「ああ、これ(の投稿者の方は)先生…先生なんですね」と甲斐さん

「そうすると、子供たちは生徒会を中心に、ウクライナ支援の基金活動を自主的に始め
『家の者から預かって来ました』と、お札が入った封筒を募金箱に入れる生徒も多く
ウクライナについて考えてる人たちが、想像以上に多いことを実感しました
大きなウクライナ国旗をデザインしたメッセージを生徒と職員で書き
ウクライナ大使館に送りました」…と書かれていて

その生徒さん達の思いが伝わればいいなと思う一方で
例の「千羽鶴」問題や、大量に廃棄処分された支援物資の「古着」など
ウクライナへの思いが、空回り(失礼!)しちゃったなあ…っていう感じもナキニシモアラズ(汗)

それはともかく…「そんな時に観た『レッド・スター』のビデオ、胸を突かれました
甲斐さんは、重厚なメッセージを込めていたんですね?発売当初は気がつきませんでした
それ以来、毎日のようにアルバム『カオス』を聴いております」と投稿者の方

甲斐さんは「えー、ということで聴いて貰います」と「レッド・スター」をおかけになったあと
「あの、これー…を書いたのはですね、湾岸戦争…えー、湾岸戦争の時に初めてテレビでですね
アレ、ホンットに生中継で…戦争風景が生中継されたという
たぶん、もう初めての体験だったと思うんですけど

それも、昼帯はなくて、夜帯ばっかり…えー、まあ、その時も話題になったんですけど
もう、画面の中の画がですね、ナンかちょっとテレビゲームのような…えー、感じで
やっぱり夜帯なんでね、えー、まあホンット生々しくて…
にも関わらず、それが、その…不謹慎ながら
僕も『わあ!キレイだなあ!』って、一瞬思った訳ですよ

ホントに…まっ、テレビゲームみたいだと、みんながこう…延々、えー、話題になってたんですけど
ナンか、その…キレイだなと思った、その時の自分の自己嫌悪っていうのがあって
えー、まっ、この『レッド・スター』を…まっ、書かしたという感じで…

その直後も、そのあとも延々ですね、こう…色んな映画で、中東の戦いの悲惨さを…
映画で、ほとんど出て来て、もう…直後くらいからもう、出始めてたんですけど
もうホントに10年くらいの間に、相当な数…映画…映画があって
それ、つまり、そのー、初めてなんだよね
あのー、アメリカも派遣…兵隊、こう…派遣してて、だけど、もう行っても行っても砂漠…
砂だけっていう、その…その中での不毛な戦いという感じなんで…

えー、まっ、そんな…そういうのを観つつ、えー、この『レッド・スター』のメッセージを…
まあ…が、生まれたという感じですかね、ええ…
もう、みんな、あのー、僕が上げてるYouTubeっていうのは
結局、その抗議っていうことでのメッセージではあるんですけど
やっぱり、何かの抑止力になればいい、何か…まっ、効果を生めばいいという感じなんで

まあ、あの…みんなですね、あの…その映像どんどん…長くても短くてもいいんで
あのー、そのYouTube観た人は、色んな所にリツイートして
まっ、どんどん拡散して欲しいなと、僕は思ってます
えー、もうそれが何かの効果を生むかも知れないんでね」
…って、これは、ビルボードツアーのMCでも、おっしゃっているそうです

そして…「あの…今、曲かける前に読んだ、そのメールにしても
ホントに、こう…みんなが心を痛めつつ…
で、で、それは、日本が敗戦国だからなんですよね
だから、その時の悲惨さを…つまり、第二次世界大戦(の時)は
まだ国連もNATOも、ちゃんと成立してなかったから…
えー、今は、民間人を殺しちゃいけないというのがあるんだけど…

そのー、日本はもう敗戦国で、どんな状況でも、ひどい…
あの…空襲、フツーは工場とか、そういう…基地とかしか(攻撃しては)いけなかったのに
まあ、あの当時は、その…アメリカは、何も国連も成立してなかったんで
民間もガンガン襲ったんでね、ええ…

まあ、僕は…そうですね、僕、昭和28年生まれ…えー、1953年なんで
おばあちゃんとおふくろから、もう延々『福岡の大空襲をどうやって逃げ回ったか?』とか
そういうのは、ちっちゃい頃から聞かされてたんで
ナンか、観てると、やっぱりこう…痛い、痛むもんね、心がねぇ、ええ…」

…と話されてましたが、奥さんの母上は広島出身で、今住んでる街には疎開でやって来たらしく
そのまま、広島に残っていたら、奥さんも生まれてなかっただろう…といった話を
奥さんも子供の頃によく聞かされていたみたいだけど
そうやって、実際に戦争を知っている世代の方々が少なくなって行ったら
今度は、その世代の方々の話を聴いて育った
我々世代が、次の世代に伝えていかなければなあと…

「ということで、えー、もう1曲かけましょう
これはですね、もう…僕が高校生の時かなあ?
そうですね、中学から高校生にかけての時に、フォーク・クルセダーズっていうですね
えー『帰ってきたヨッパライ』を生んだ、そのバンドのライブ盤の中に入ってる…
えー、これ、レザースターっていう…高石ともやか誰かが、これ
えー、訳詞したんじゃないかと思うんですけど、反戦歌、ね?」

…と、フォーク・クルセダーズの「大統領殿」を流されたあと
「ハイ、ということで、ね?えー『僕らはみんな兄弟だ』っていうフレーズはもう
『ラブ&ピース』の時代ですからね、これ…
ウッドストックもこれだと思えば、えー、まあ、ナンて言うか…これ、あの…
そう!そう!これ、アレですよね、ボリス・ヴィアンが
フランスのド・ゴール大統領に書いた反戦歌…(と、紙をめくる音がして)
なるほど、フランス人なんですね」と説明なさってましたが

ボリス・ヴィアンは、フランスの詩人、小説家、ジャズ評論家
トランペッター、歌手…といった数々の肩書きを持った方で
徴兵カードを受け取った際に「僕は逃げる 戦いたくない 哀れな人を殺したくない」
…と「脱走兵」という詞を書いたそうです
ただ、今、ウクライナで戦っておられる方々は
「戦いたくない」のは同じでも「逃げる」訳にはいかないんですよねぇ(汗)

コメント
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