「青い瞳の日本人」で東北の各地を訪問したが、なかなか成果がない。「街道を行く」のようにはいかないのだ、
「どうして あんなにうまくいったんだろう」
こっちはケンもホロロ、
「そんなむずかしいコトは わかんねえー」
高校の日本史レベルで、これだ、わからなければ同僚に聞いたっていいはずだが、仲が悪いらしい。
太平洋側の町立の資料館、
「1回や2回の人には教えられねえなー」
「・・・」
「サイテー 5回は来てくれねえとなー」
ヨコハマから、そんなに来られるもんではない、その数か月後あの地震・津波、なんともはや、
「もったいない」
私の推理では十三湊と平泉の中間点だから、とんでもない資料があったはずだが・・・
自由に会話できれば、もっと前向きの展開になる、なにをえばっているんだろう、それにしても司馬の「街道を行く」が、あれほどの成果があったか、やはり、さまざまのテクニックを駆使していたんだろう。