犀川の河川整備を考える会

犀川の辰巳ダム建設を契機に河川整備を考え、公共土木事業のあり方について問題提起をするブログ。

治水>球磨川氾濫について(あらためて)

2020年07月19日 | 治水
 地元の北国新聞で球磨川氾濫の特集記事があった。
 両方の意見を掲載して妥当な結論(ダム推進派も反対派も本質的には同じ)に落ち着いていた。
 今回の球磨川氾濫は川辺川ダムがあれば防げたかどうかは検証しなければわからない(ダム反対の立場)、気象変動による豪雨から洪水被害を防御するためにはダムという手段を含めて流域治水という総合的な対策をとらなければならない(ダム推進の立場)。

 球磨川氾濫について、大方の新聞記事では、川辺川ダムを造らなかったために起きた氾濫だと非難するものが多いようである。
 
 これに対して、当方の意見は、ダムによる治水は、ある想定内の豪雨に対する暫定的で補助的な対策であり、長期的には、想定内外の豪雨を問わず、洪水被害を最小化する流域治水、あるいは総合治水による方策で対応するべきである。かつ、中下流域の治水は中下流で対応すべきで、上流域の犠牲(集落をダムの底に沈める、言い換えれば人為的な洪水?で水没させること)で解決するのは本質的に矛盾する対策である。

 今回の球磨川の氾濫については、かなりの犠牲者がでているので同情はするが、行政をむやみに非難するのは同意できない。
 氾濫原に住むには住むだけの覚悟と対応が必要であり、歴史をたどれば、専門家でなくても誰でも氾濫原を知ることができる。また、氾濫を想定したハザードマップも行政機関で用意されている。

 ただ、今回の球磨川氾濫について、
 川辺川ダムと人吉の関係だけに着目すると、人吉での氾濫抑制効果はなにがしかあったようにも思う。
 人吉盆地の流域面積に対する、川辺川ダムの流域面積は3割以上あり、川辺川ダムに貯めることができる雨量(相当雨量179mm)で、一塊の豪雨をため込んで洪水量を低減できることは明らかである。

 しかし、今回の豪雨による洪水氾濫を川辺川ダムが防止できたかどうかはわからない。
 1200年の間、洪水被害に遭わなかった神社が浸水被害を受けたという。記録的な豪雨による氾濫であったことは間違いない。
 松原・下筌ダムの筑後川が氾濫した。
 自然現象は科学的確率手法を用いて想定することはでき、その想定に基づいて治水ダムを造ることはできるが、この想定を超えると、無力であるばかりか、逆に被害を増大させることにもなる。その上、手段が巨大なもの頼れば頼るほど、逆効果も巨大になるだろう。
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