辰巳ダムは内水被害軽減に役立つという主張は正しいか(
長文です!)
辰巳ダム計画と現実との差違を示すことで、基本高水が過大であることを間接的に示すことに関連して、「ダムによって内水被害が少なくなる」という主張がある。
ダムは最大洪水の時ばかりでもなく、中小洪水の際にも役に立つというものだ、ダムに反対する人たちは平生も役に立つことを理解していない、ダムの調節機能によって河道の水位を抑え、支流の排水はよくなり、水位が下がるので内水の水はけもよくなる、内水被害が減少する、と主張される。公聴会や審議会などの公式の場でもときどき聴かれ、それなりに説得力がある。
辰巳ダム計画でも水位が30センチは下がるとか、石川県はことあるごとに住民などに説明していた。これに対する反論は以下のようなものである。
ダムはピーク流量を抑えることで堤防からの氾濫を防ぐことで効果が発揮されるもので、中小洪水で少し水位を下げたところで、堤防を氾濫するわけではないのでほとんど水害被害と関係ない、もともと低地では内水排水の対策(ポンプ排水、地盤の嵩上げ)をとることで内水被害に対処するのであって、ダムと内水対策とはほとんど関係がない。犀川では、伏見川の合流点の高畠地区などはたびたび浸水被害が起きているが、この地区はもともと犀川の洪水位よりも数メートルも低く、辰巳ダムの調節で水位を数十センチ下げたところで焼け石に水のところである。内水のポンプ排水をせざるをえないところだ。既存の2つの治水ダムもあるにもかかわらず、内水被害があるのは、ダムが内水対策にならないからだ。
ところが、中小洪水で内水被害が発生するたびに、石川県が辰巳ダムは必要だと主張するものだから、辰巳ダムは役に立つと信じる住民が多く、浸透していた考え方である。裁判の一審でも、「既存の治水ダムが2つあり、それでも内水被害はなくならない、ダムは外水対策で内水対策ではない、内水被害に効果かはない。」という原告の主張に対して、裁判所の判断は、「ダムの建設地点から下流域への流出量が減少し、犀川本川の水位が低下すること、ひいては支川から犀川本川への流出量が増加することによって内水被害の防止が図られる可能性は十分に認められるものというべきである。」だった。裁判官も住民と同じで被告石川県の主張に同意した。
観念的な説明では、少しでも水位が下がった方がいい、という判断にしかならないということだろう。現実の実績の数値で示すことでダムの効果があるのかどうか、被害額で示すことでわかりやすくなる。
水害被害額は、国土交通省河川計画課が毎年、「水害統計」として、全国で調査して集計しており、犀川水系の被害額も掲載されている。
内水と外水についての被害を具体的に数値として示した水害被害額であり、その内容を調べるとつぎのようである。
※ 末尾に詳細を示す。
この記録によると、犀川本川の外水被害はないこと、犀川本川に沿った内水被害はほとんどないことがわかる。
辰巳ダムは、犀川水系全体の治水のための施設であるが、実際は犀川本川の洪水位を低下させるためのものである。水位を下げることで内水被害を減少させることができるのかについて、犀川本川に沿った内水被害はほとんどないので、辰巳ダムによって犀川本川の水位を下げても内水被害の軽減のためにはほとんど効果かはない。
つぎに、犀川本川以外の内水被害との関係である。犀川本川の水位が上がれば、内水被害額が大きくなるとすると、水位を下げることで内水被害額を減少させることができるのではないかという評価ができる。そこで、犀川の水位と内水被害額との関係、具体的には、毎年の犀川大橋基準点のピーク流量と毎年の内水被害額の関係を調べてみる。
毎年の犀川大橋基準点のピーク流量は、「表 下菊橋測水所流況表」による。昭和53年から平成25年までの36年間の毎秒年のピーク流量は、47~364立方メートル毎秒である。
犀川本川の外水による被害は無い、内水被害もほとんど無いので、水害統計の水害被害額は、犀川本川以外の内水被害額とほぼ同じである。毎年の水害被害額と毎年の犀川大橋基準点のピーク流量との関係を見ることで、辰巳ダムの水位低下効果が、犀川水系全体の内水被害の減少につながるかどうかがわかることになる。
水害被害額は、国土交通省河川計画課の「水害統計」によれば、「表 過去42年間の犀川水系水害被害額(名目と実質額)」のとおりである。昭和46年からの42年間の毎年の犀川水系水害被害額(実質額)は、毎年0から2671百万円と変化があり、平均で165百万円である。
毎年水害被害額と犀川大橋基準点の毎年ピーク流量の関係は、「図 犀川水系の毎年水害被害額と犀川大橋基準点の毎年ピーク流量」に示される。
この図からわかるとおり、平成10年の水害被害額が約2671百万円であるのに対してピーク流量は352立方メートル毎秒、これとピーク流量が同レベルの平成16年、平成20年の水害被害額はそれぞれ90、117百万円であり、水害被害額と犀川のピーク流量とは連動していないことである。
犀川本川の河道のピーク流量の大きさと水害被害額とは関係していないので、ピーク流量を抑えるような対策は水害被害額を減少させない、辰巳ダムは内水被害減少に役立たないことを示している。(つづく)
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この水害被害額とその水害原因の内訳は、石川県が乙17号証に添付された「犀川水系の洪水被害」で詳細を掲載している。この資料と最新の「水害統計」から、まとめたものが「表 犀川水系過去42年間の水害被害額」である。昭和39年から、平成10年までの水害原因は、犀川本川ではなく、支川、そのまた枝川、そして末端の普通河川などの水害が原因であることがわかる。
犀川水系では、犀川本川のほかに、支川が多くあり、支川のまたその枝川も多い、その末端の普通河川、さらにこれにつながる水路、用水での氾濫によって水害が発生していることが読み取れる。犀川水系での水害被害は、支川と枝川と普通河川による氾濫被害、河川以外の水路や用水路での氾濫被害からなっている。
乙17号証で説明があるように、「近年における都市化の進展により、中下流支川流域の土地利用変化に起因する、内水氾濫型の出水をもたらしている。」のである。乙17号証の「近年の出水における被害状況」では、昭和27年から平成10年までの水害被害のうち、浸水家屋被害が大きいものが取り上げられている。
昭和36年9月の第二室戸台風以前のもので被害が大きくなっている。この時点では、戦後の国土荒廃の影響もあり、出水も大きく、河道の整備も不十分で氾濫被害が大きくなったのだろうと推測できる。
昭和36年の第二室戸台風で犀川本川堤防の溢水・破堤が起きて、金沢中心市街地で広範囲の浸水被害があった。この被害もあり、犀川の災害復旧が促進され、昭和41年に犀川ダム、昭和50年には内川ダム、昭和47~53年には中流部での河道整備がなされた。昭和53年から、犀川大橋近くの下菊橋測水所で流量観測も開始された。昭和53年は、犀川の河道整備の一つの節目である。昭和53年以前と以後とに分けられる。
昭和53年以降、浸水戸数が100戸に近いのは、昭和63年、平成3年、平成10年、である。昭和63年、平成3年の被害は、鶴来町清沢地区の内水被害であり、個別の特殊事情によるものである。平成10年の被害は、8月と9月の2ヶ月間に3度も豪雨があり、総計549戸の浸水被害が発生している。乙17号証の「犀川水系の洪水被害」によると、支川の十人川、伏見川、高橋川などで氾濫が起きて浸水被害をうけたものである。その後の平成24年までの間は、浸水被害はあるものの、豪雨で2桁以上の浸水家屋はでていない。
2014.8.19
【資料】「表 下菊橋測水所流況表」
「表 過去42年間の犀川水系水害被害額(名目と実質額)」
「図 犀川水系の年間内水被害額と犀川大橋基準点の年間ピーク流量」
乙17号証
「表 犀川水系過去42年間の水害被害額」