犀川の河川整備を考える会

犀川の辰巳ダム建設を契機に河川整備を考え、公共土木事業のあり方について問題提起をするブログ。

雑談など>楽生さんの「湯上がり寄席」楽しんできました

2012年03月26日 | 雑談など
 3月25日の日曜日、国民宿舎やなぎだ荘で楽生さんの能登町3回目の落語の催しがありました。いい温泉があり、口演の前後にお湯に入ることができるので、「湯上がり寄席」のあとは「寄席上がりお湯」も楽しんできました。

一門で現在は富山で活躍しておられる「三遊亭良楽」さんの一席もあり、前回よりも充実した催しとなり、大広間が満員の盛況でした。

 楽生さんの「枕」では、食べる仕草が特徴の熱々の味噌豆の話、「演目」は人情話の「芝濱」(しばはま)※1。前回は「浜野矩随」(はまののりゆき)※2。良楽さんの「演目」は「長屋の花見」(貧乏長屋の連中が花見をする話。「お酒」のかわりに「お茶け」、「かまぼこ」のかわりにだいこん、「卵焼き」のかわりに沢庵を持っていく。)。

良楽さんの枕の話
 「桃太郎」の話:おばあさんは川から桃ではなく、大きな芋を拾ってきた。大きくて美味しそうな芋なので蒸かして食べたら大きなおならがでた。おじいさんはシバを刈らずにくさかった。

 「鶴の恩返し」の話:昼間助けられた鶴がその恩返しのためにおじいさんとおばあさんのところへ訪ねてきた。鶴は奥の部屋へ入ると絶対に戸を開けないように告げた。開けないように我慢していたが、開けないように言われると開けたくなるのが人情である。とうとう、しびれをきらして部屋を覗いてみた。すると、置いてあったタンスや家具がみんな無くなっていた。鶴ではなくてサギだった。

 酔っぱらいと太ったご婦人の話:
 「こんなところにブタをつれてくるな。」
 「これがブタに見えますか。これは犬ですよ。」
 「おれは、犬に言っているんだよ。」

※1 『芝浜』(芝濱、しばはま)
腕はいいが酒が好きで働かない魚屋が妻に追い立てられてやっと仕入れにでかける途中の芝浜で大金の入っている財布を拾う。財布を持って急いで家に帰った魚屋は妻に大金を見せて一眠りした後、仲間を集めて大盤振る舞いをする。ところが、妻から「財布を拾ったのは夢だ。」と告げられる。仲間へ振る舞った飲み代はすべて借金となったが、改心して懸命に働き、借金を返すことができる。実は、後から妻が財布を隠していたという真相を知らされる、そのお金で自分の店を構えることができたという筋書き。夫婦の愛情を暖かく描き、古典落語の中でも屈指の人情噺として知られる。5代目三遊亭圓楽の十八番。

※2 2回目の演目、「浜野矩随」(はまののりゆき)、腰元彫りの名人の話。





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辰巳ダム>流木止め工の設置

2012年03月22日 | 辰巳ダム
 ダム湖の上流の右岸の旧駒帰小学校の下あたり、左岸の城力集落の真下に川を横断して「流木止め工」が造られた。下の写真は右岸から望んでいる。左が上流、右が下流である。
 

 洪水時に流れてくる流木を掴まえるためのしかけである。毎秒4,5mの速さで土砂、石ころ、流木などさまざまな物が流れてくるが、流木はダム堤体の穴に詰まる恐れがあるのでここで取り除こうという算段である。
公開された資料によれば、「辰巳ダムの洪水調節方式である「孔あき方式」にて流木止めを設置するケースは全国初となる」なのだそうだ(第1号の益田川ダムにも直上流に流木止めはあるが。)。
 
 石川県はもともと平成17年、18年の「水理模型実験」の結果から、ダム堤体の穴(常用洪水吐き)にスクリーンを設置した実験の放流量のデータでは、流木による放流低下量が3%程度で大きく放流能力を損ねるものではない、だから穴は詰まらないと主張していた。ダム堤体の上流に流木止めは要らないことになる。

 ところが、『犀川辰巳治水ダム建設事業 ダム管理施設(流木止め)設計業務委託報告書』平成22年3月 を見ると、平成18年の「水理模型実験」の際にも「遷移流時に、流木は比重の違いにより水平や斜め、垂直に浮遊しながら洪水吐き付近に集まり、洪水吐きに引き込まれ、開口部内で絡み合い詰まる。、、、洪水後においても、詰まりが解消されることはなかった。」ということがわかっており、そして「実験結果より、スクリーンにより洪水吐き開口部に流木閉塞を防止できることが示されたが、水位上昇時・下降時ともに遷移流時水位付近ではスクリーン前面に流木が滞留する傾向を示している。流木による閉塞防止機能の確実性を高めるため、スクリーン上流への流木捕捉工の追加設置」することになったのだという。当方は「水理模型実験」では、短く真っ直ぐの木だけと条件を緩和していたから詰まらないのだと理解していたが、この実験でも詰まることがわかっていたのだ。実際の洪水では長さが10mもある流木ものもあり幹が曲がり枝も根もあるのだから2.9mの穴など簡単に詰まることになるはずである。詰まれば、期待する洪水調節が不能になる。

 大きな断面の川をコンクリートの壁で塞いで小さな穴だけをあけておくのだから、何もしなければ詰まるに決まっている。辰巳ダムの場合は、2.9m角の穴だから、周辺の山に生えている樹木を目安に考えるといかにも小さい。この流木止めは、計画高水(毎秒600立方メートル)を対象として400立方メートル弱の流木を止めることができるようになっているというが。

 洪水のたびに、ここに引っかかる木をそのままにしておくわけにはいかない。埋まって効果がなくならないように未来永劫、手間をかけなければいけないことになる。そんなことは続きそうにもない。その内に造ったときの考えは忘れられ、放置されるのが落ちだろう。いざ、想定の洪水が来たときには、何の役にもたたず、ダムの洪水吐きが詰まったということにならないように願いたいものだ。

 そもそも洪水対応をダムではなく、河川の疎通だけで考えておけば、このような懸念はいらないのだ。ややこしい仕掛けを造りたい人たちがいて造ることばかり考えている人たちは、維持も含めて治水の安全を確保できるのだということがおろそかになる。仕掛けをひきわたされた住民は維持という重荷を未来永劫背負い込まされることになる。

【資料】『犀川辰巳治水ダム建設事業 ダム管理施設(流木止め)設計業務委託報告書』平成22年3月 は、ホームページに掲載してあります。ファイルは100メガと少し大部です。
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公共土木事業評価監視>平成23年度石川県公共事業再評価について

2012年03月21日 | 公共土木事業評価監視
 平成23年度石川県公共事業再評価の対象は、道路建設が1件、港湾改良が2件の合計3件である。再評価対象事業一覧、評価監視委員会の意見具申、委員会議事録は、つぎのURLへアクセスすればわかる。
 http://www.pref.ishikawa.lg.jp/kanri/h23hyouka.html
 事業の内容、進捗状況、時間がかかっている理由などの資料は掲載されていない。要するに、議事録の内容のほかは、「事業継続」の結論だけが掲載されているだけである。

 委員会の議論の内容を積極的に石川県県民に広く知ってもらおうという意欲は乏しい。石川県の公共事業の学識経験者による再評価が行われるようになったのは、平成10年からですでに14年が経過してマンネリ化、儀式化しているようでもある。平成23年度の委員会の傍聴をしようと何回か土木部監理課へ問い合わせたが、「日程が決まっていない」という返事が返ってきた。委員の都合で急遽決定されるようで2回の委員会はいずれも傍聴が果たせなかった。学識経験者の委員会は「公共事業の効率性及びその実施過程の透明性のいっそうの向上を図るため」のものであり、広く県民に周知し、参加をうながすべきものではないか。事前の広報もなく、事後に委員会の資料や議事録を請求してもなかなかでてこない。担当者に「委員会が有名無実化して効果がないようなら止めるべきだ。今後も再評価をやるのならもっと積極的に県民に周知するべきだ。」などと言ってみたりしてやっとのことで、委員会提示資料の電子ファイルを入手した。

 公共事業の無駄遣いを非難されることが多いので、ことのほか経費節減、コスト削減に努めているという説明が強調される。ところが、実際には何もコスト縮減になっていないにもかかわらず、縮減されたかのような役所の論理に誤魔化されることが多い。つぎの話はその好例である。
平成23年度第1回石川県公共事業評価監視委員会配布資料の道路建設の「コスト縮減の状況」の項に「建設発生土(港湾浚渫土砂)を盛土材に転用し、事業費を約5億円(およそ1割)縮減した。」とある。
議事録によれば、委員の質問、県当局の答えは以下のとおりである。

(高山委員):、、経費縮減、コスト縮減を最初の事業では5億円、、、、、当初の事業費が52億円、5億円縮減したのなら、全体事業費が下がるのではないかと思うのですけど、その辺の説明がないので、本当に下がっているのか、下がっていないのか、よく分からないので、コスト縮減について、追加の説明をお願いします。
(県当局):、、、金沢港の港湾の浚渫土砂が、先ほど現場へ行っていただいたときに、コマツの工場が建っていた、あそこに浚渫土砂がたくさん堆積されていたという状況がございます。このうち、シルト系のものとか砂質系のものが、当然混じっておりましたので、砂質系のものを選択して盛土材として適用出来るというもののみを盛土材として現地のほうへ運搬をさせていただいた、という計画の中で、もう既に盛り込んで運んでいったというような状況になってございまして、5億円と言いますのは、購入土に比べて、運搬と購入土との単価差が約2,000円/㎥と試算してございまして、これによりまして約24万㎥の土を動かすということを現場の方として計画したということで、約5億円の縮減ということでございます。これにつきましては、そういう計画を事前の中に盛り込んで実施させていただいたということでございます。、、、、

 県の答えを一言で要約すると、「手元にあった材料を使ったので買わなくて済んだ」というものである。買えば5億円掛かるが買わなくて済んだので5億円節約できたということらしいが、買う必要はなかったのであり、節約したわけではなく、もともと要らない費用である。

 時間のある方は、以下の公開を受けた資料を見て頭の体操でもしてください。(^_^;)
 当方のホームページで以下の文書にアクセスできます。
 平成23年度第1回石川県公共事業評価監視委員会 配布資料
 平成23年度第2回石川県公共事業評価監視委員会 配布資料
 平成23年度第1回公共事業評価監視委員会 議事録
 平成23年度第2回公共事業評価監視委員会 議事録
 平成23年度公共事業評価監視委員会 意見具申
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辰巳ダム>辰巳ダム建設で青谷砦跡が破壊された?

2012年03月19日 | 辰巳ダム
―石川県教育委員会の文化財保護行政の大失態か―
 
 青谷砦跡あるいは相合谷城跡は、戦国時代一向一揆の将平野神右衛門拠った鷹ノ巣城の付砦である。その遺構の場所ははっきりしていない。はっきりしているのは、『石川県遺跡地図1980』には、辰巳ダム本体の左岸付近に相合谷城跡No.1245の登載があったことである。ちなみに重複して相合谷遺跡No.1244の印もあった。それが、『石川県遺跡地図1992』では両方とも無くなった。消去した根拠が不透明だ。


 昭和57年5月31日(1982年)付けで金沢土木事務所長から埋蔵文化財センター所長あてに相合谷、相合谷城跡の埋蔵文化財分布状況の調査依頼がされた。辰巳ダム建設工事のための調査である。昭和57年9月25日付けで埋蔵文化財センター所長から金沢土木事務所長あてに、表面調査を行ったが遺跡は発見できなかったので試掘などを行いさらに詳細な調査をする必要がある旨の回答をした。これに対して、昭和60年6月24日付けで金沢土木事務所長は埋蔵文化財センター所長あてに詳細な調査の計画書の作成を求めた。埋蔵文化財センター所長は昭和60年7月2日付けで金沢土木事務所長あてに分布調査計画書を通知した。分布調査はその年の10月、翌年昭和61年の3月に実施された。その結果はなぜか、すぐには回答されなかった(後の文書では口頭で回答したとある。)。4年後の平成2年10月2日付けで埋蔵文化財センター所長から金沢土木事務所辰巳ダム建設対策室長あてに調査結果の通知がされている。「埋蔵文化財は確認されなかった。」とある。昭和61年(1986)から平成2年(1990)まで4年間も正式の回答がされていないが、その間に、『石川県遺跡地図』改訂作業中であり、相合谷遺跡No.1244、相合谷城跡No.1245の取り扱いを検討していた時期に重なる。

 『石川県遺跡地図1992』では、相合谷遺跡No.1244は登載抹消、相合谷城跡No.1245は全く別の水淵との境界あたりに移動している。この理由を石川県教育委員会文化財課の担当者に聞くと、昭和60年の詳細な調査(相合谷で2地点の試掘を行い調べている。)の結果、埋蔵文化財が確認されなかったので登録を抹消あるいは別の場所に移したものだという。両遺跡の印のつけてある範囲の中の一部であるところをスポット的に2カ所調べて遺物が見つからなかったからといって可能性が小さくなったと言えても可能性がないとは断言できない。なぜ、抹消までしなければならない理由は不明である(その判断の根拠あるいは手がかりとなった資料などの文書を公開請求中。平成2年の回答通知は抹消のためのアリバイ文書としてねつ造を疑われかねない代物である。)。しかも、相合谷遺跡No.1244はご丁寧に水淵の境界近くの疑問符のつくところへ写されている。地元の信頼できる方は、あんなところにあるはずはないと断言していたものである。案の定、『石川県教育委員会中世城館跡調査報告書Ⅰ(加賀Ⅰ・能登Ⅱ)』15ページには「印のされている場所を踏査したものの城跡に結びつくような遺構は見あたらず、縄張り研究の面から当地を城跡とするには無理がある(宮本哲郎)」とある。

 辰巳ダム事業者(石川県知事)に対して石川県教育委員会は事業者の立場をおもんばかって事業の妨げにならないよう配慮したのではないか、そのためにあとから齟齬がでて白昼に暴露されてはまずいので十分に齟齬のないように時間をかけて処理したのではないか、実は、それらしい遺物もでて処理にとまどったりしたのではないか、などとも勘ぐりたくなる。かなり、杜撰なことをやっているような疑いがある。

 もし、遺跡の印をつけたままにしておけば、「周知の埋蔵文化財包蔵地」という扱いとなり、辰巳ダム建設工事にあたっては、文化財保護法第93条による土木工事のための発掘に関する届出が必要となり、埋蔵文化財センターの監視のもとに慎重に発掘されたはずである。相合谷遺跡No.1244ならびに相合谷城跡No.1245の遺物、遺構が発見されたかもしれないのである。みすみすそのような機会を放棄したのはいかなる理由があるのか。もし、昭和60年の調査結果だけがその理由であるならば、文化財保護行政の大失態である。
平成24年3月18日 中 登史紀

資料は、ホームページ
【資料】
1 『石川郡誌』昭和二年発行、昭和60年復刻版発行、1075ページ、青谷砦址 鴛原にあり。鷹巣城の附砦なりしといへども砦主傳はらず。『越登賀三州志』の「故墟考巻四」に「青谷。在犀川庄鴛原村領、鷹巣城の附砦なりしと云。堡主無傳。」 → 青谷砦址
2 『石川県遺跡地図1980』
3 『石川県遺跡地図1992』
4 『石川県教育委員会中世城館跡調査報告書Ⅰ(加賀Ⅰ・能登Ⅱ)』石川県教育委員会
5 辰ダム第1492-1号 埋蔵文化財分布調査について(回答)(昭和57年9月25日付け埋文収第151号)
6 辰ダム第1492-2号 辰巳ダム建設に伴う埋蔵文化財分布調査結果について(通知)(平成2年10月2日付け埋文収号外)
7 辰ダム第1492-3号 埋蔵文化財分布調査の実施について(依頼)(昭和60年6月24日付け金土木発第8006号)
8 辰ダム第1492-4号 文化財保護法第93条の届出文書不存在通知
9 教分第2934号 埋蔵文化財分布調査について(回答)、辰巳ダム建設に伴う埋蔵文化財調査の実施について(通知)
10 相合谷の公図 →その1,その2
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辰巳ダム>試験湛水監視ツアー(2012年3月18日)

2012年03月18日 | 辰巳ダム
 今日3月18日の水位は水位114m、3月9日の水位は119mだったので平均の水位低下速度は1日あたり60センチメートル弱となっています。計画では、1メートルですが、雪解け水などが大量に流入しているためと見られます。
 
 今日のツアーに集まったのは総勢4名と少人数でしたが、辰巳ダム湖の周りを周回して地すべりの痕跡や兆候がないかを監視してきました。まだ、積雪が残っているので、地すべり場所の観察できるところは、瀬領集落内の道路面などに限られます。古いひび割れは多くありますが、湛水の影響による新しいひび割れは見つかりませんでした。最も、慎重に水位を下げて斜面の地層の残留水圧が発生しないようにしているのですべるわけはないというのが、地質専門家の見立てのようです。いまのところ、異常はなさそうです(^_^;)。

 実際の洪水では、もし満水になるような場合、20時間ほどで一気に空になることになり、残留水圧で斜面が不安定になるとのことですが、試験湛水では1ヶ月以上かけてゆっくりと水位低下させるために不安定になる恐れはほとんどないようです。試験湛水は堤体の漏水検査の役に立ちますが、斜面の安定を確認するためには役に立っていません。計算上は大丈夫だと石川県は言っているだけです。巨大技術は原発でも何でもそうですが、実物大で実験できないので実際のところ起きてみなければわからないところで、ここが無視できない未解決の問題点ですが見ないふりをするといったところでしょうか。もし、問題がおきれば想定外だったということになるのでしょうか。

 幸か不幸か、奈良県の紀伊川の大滝ダムが位置する地質の構造線が走って地層がグシャグシャに破壊されているところと違っているようでもう少し安定しているようです。とはいっても、そこらここらで斜面が小規模崩壊しているのが目につきます。降雨や融雪の度に崩れる、弱い地層であることは明らかです。崩壊が積み重なり、土塊が不安定になる可能性があります。これを防ぐために斜面安定のための法枠工ブロック工が施されています。鴛原超大規模地すべり地の末端の斜面約7千平方メートル、対岸の瀬領集落の斜面約2千平方メートル、ほかに1千平方メートルをあわせて約1万平方メートルで対策がされています。これに4億6千万円の費用が費やされています。これは実質、地すべり対策ともいえるものです。

 これと連なるダム湖の斜面で崩壊する土砂はダム湖に堆積することになるのでこれを防止するために斜面安定対策工が必要になりそうです。地すべり対策あるいはダム湖土砂堆積防止対策など様々な理由付けで、一部の斜面に安定対策を施したため玉突き状につぎつぎと安定対策をせざるをえないことになりそうです。これももともとは無駄なダムを造ったためですが、さらに無駄を増殖させていくようです。監視が必要です。

平成24年3月18日 中 登史紀
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