malのあっちこっちブログ

山・旅・料理。。。

気ままに、気張らず、、出来ることを、、、

2016スペイン・ポルトガルの旅・・・ポルタレグレからマルヴァオンへ

2016-05-28 10:49:19 | 2016スペイン・ポルトガルの旅
バスターミナルには1時間ほど前に着いたのだが、そのころからターミナルには学生がどんどん集まりだした。

ここからマルヴァオン行きのバスは一日2便、午前と午後しかない、しかも、土日祭日はない。

この学生たちの数を見て、何だかその理由がわかった気がした。

要するに、通学のためのバス便がメインで、それ以外の用事がある人たちのために午前と午後の便があるんだ。

若く美しい女学生と、今どきの腰パンツを履いた男子学生に交じって、凡そ東洋人を始めて見たに違いない人もいるだろうと思いつつ揺られること40分、7時ころにマルヴァオンに到着した。  





ほとんど英語の通じないポルトガルにあって、マルヴァオンでは学生が3、4人一緒に下りたので、そのうちの一人に宿の場所を聞くために話しかけた。
「「
アタシたちと同レベルの英語力の彼が、同じ方向だから一緒に行くということで歩きながら、日本から来たんだよ」、と言うと、目を丸くして、信じられない!」と言う表情をした。

そうだろうなあ、、、ここからリスボアに出るのも大変なら、そこから20時間以上かけないと行けない国なんだからなぁ・・・なんて思っていると、城門から数分で宿泊先のホテルに着いてしまった。

彼にお礼と、「月曜までここにいるから、また会えるかもね」と伝えて別れた。



ここマルヴァオンは、9世紀ごろに住んでいたムーア人によってその名前が付けられたと言われているらしい。

1166年にポルトガル人によって回復され13世紀に城が築かれた、国境に近く、尚且つ865mの岩山の上に建つ城塞都市なので、しばしば戦略上の脅威に晒されたらしい。

チェックイン後、すぐに城址に向かう。

            

規模は違うが、竹田城を想像していただけるとイメージが掴みやすい。

竹田城は城そのものなのだが、マルヴァオンはその中に庶民の暮らしもあった。



時刻は午後の8時過ぎ

    

静かに日没を迎える

そして、

8時半、太陽は西の空に沈んでいった



残照が空を染め



ふもとの村に明かりがともる



城址に登ってから1時間、初めて村の存在に気付いた

  

城址から出て



振り返って城を見上げる

マルヴァオンに着いてホテルを出てから1時間半、自分が興奮状態だったことに気付いた。人っ子一人いない城址を相方そっちのけであっちこっちと歩き回って写真を撮りまくっていたっけ・・・

気が済んで、城址を出ようとしたときに初めて散歩中の観光客親子と出会った。その時気付いたのだが、城址に入るのには5時までは有料(€2)のようだが、時間外でも簡単に入れるようになっている。

アタシたちは絶対営業時間内にここに来ることはないだろうな、と思いながらホテルに帰った。



この狭いマルバオンにも、BARやCAFEはあるのだろうが、今日はホテルで食事を摂ることにした。



サラダと



スープと



お肉、なんだが、ポルトガルもスペインも料理には必ずポテトが山盛りついてくる。

こっちの人って、ポテトを野菜と思っているんじゃないか・・・

何か所かで野菜サラダを注文したけど、なんか違うものが出てきたり、怪訝そうな顔をされたり、、、

このホテルのようなサラダが出てくることは珍しい。

満足できる食事の後で



ゆっくりカフェソロを頂く

素朴さを感じる部屋で



旅の疲れを癒そうかな。。。。。


2016スペイン・ポルトガルの旅・・・ポルタレグレ

2016-05-28 10:47:23 | 2016スペイン・ポルトガルの旅
ジェロニモス修道院の近くに、シュークリームに似た地元ならどこでも売っているお菓子の名店があるという情報で、その店に並んで買うことができた



あいにく、どこを見てもそのものの写真がなかったが買い物袋だけは撮ってあったので掲載する

シュークリームに似たこのスウィーツなのだが、この店のは要するに焼き立てなのだ

買って、口に入れたとき、まだ暖かかった


店内はとても座れるような状態ではなく、ほとんどの客がテイクアウェイで買ってゆく

アタシたちも、こんな可愛い家の軒先で立ち食いをした。



市内に戻り、遅い昼食をとる

この日はリスボアの最終日、肉が食いたい、ってことで

  

結構なボリュームだったが、ペロっと頂いた。



毎日歩いたロシオ広場とフィゲイラ広場だったが、そのフィゲイラ広場から宿へ帰る途中に気になる床屋があった

昨日はその店が混んでいて入らなかったのだが、最終日のこの日、運よく客は誰もいなかったので入ってカットをお願いした



アフリカ系の青年と、このお兄ちゃんのどうやら二人でやっているらしい

アタシのカットをそれは丁寧に、日本よりもはるかに丁寧にカットしてくれた。お値段は€12、大満足なのだ。。。



ロシオ広場から北西にリベルダーデと言う大通りが伸びている

歩道、自転車道、緑道、車道のように区別されていて、通りにはグローバルなブランドショップや大使館などがある、いわゆる都市のメイン道路みたいなものだ

距離にしてロシオ広場から1.5km、地下鉄で1駅のところにポンバル侯爵広場と言う駅名の場所がある、今日の宿はそこから2~300m歩いたところに取った。

値段は昨日までのとほとんど変わらないが、部屋の広さは倍になった。

こんなことなら最初からここにすればよかったけど、明日は7時半のバスに乗る。また、来ることがあったら、ここでも良い。

例のスーパーで、長旅用の水や果物などを買い込んで明日に備えよう。。。。。




翌朝、7時半のバスに乗ってリスボアの東、スペイン国境に近いマルバオンと言う目的地に向かうために中継地のぽれたレグレに向かった。

リスボアから約4時間、昼前に到着。

ここで下りた人は数人、ターミナルの中も閑散としている。

マルバオン行きの時間を確認すると事前確認通り午後便は18:10までない。

チケットを買いたいというと「IN the Bus」だと言う。最初、この「IN the Bus」が旨く聞き取れなくて何度も聞いたせいか、耳にこの言葉が残り4日後にこの地を離れるまで耳について離れなかった。


6時間もある時間をどうやって過ごそうかと、とりあえずインフォメーションへ行く、でも、説明できるのはこのポルタレグレのことだけだし、荷物も預れないという。

仕方ない、街のレストランに入って店のおばちゃんと交渉しようと、店に入り昼飯を食べ、交渉成立、空身で散歩に出る。

そもそも、この町は1259年にアフォンソ3世によって築かれた町で、国境に近いためにスペインから何度となく責められた戦略上の拠点だったらしい。

19世紀に入ると、周辺のコルクの木から集められた材料でワインのコルク栓が作られるようになり大きな工場もできて発展した。

街の中心には

  

今でもその当時からあった大きな木がデンと構え、市民の憩いの場ともなっていた


金曜の昼日中だというのに

    

街の中には人っ子一人見当たらない

16世紀にたてられたという



カテドラルが街の一番高い場所に立っていて、その周辺には



同じような時代の建物が残っていて、この周辺にはさすがに人もいた

家々の入り口も

    

歴史を感じさせる

先ほどのモニュメントツリーのある大きな公園の脇道には



古い建物と



新しい可愛い家とが連なって立っていた

数時間で隅から隅まで?歩き回ってポルタレグレを堪能して、再度おばちゃんの店(今度は併設しているカフェ)でお茶を飲んだ。

そのうち、おばちゃんは買い物に出かけてしまったが、カフェのおばちゃんの父親に荷物のことを告げると、伝わっていたらしく隣のレストランに連れて行ってくれた。

丁寧にお礼を伝えて、背中に80L、前に30Lのザックを背負ってバスターミナルに向かう

ターミナルから見た、ポルタレグレの街とカテドラル

ターミナルの窓口には、あの「In the Bus」が座っていた。。。