読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ジョン・グリシャムの『無罪(上)』

2023年02月12日 | 読書

◇『無罪(上)』(原題:The Innocent Man)

   著者: ジョン・グリシャム(JOHN GRISHAM)
   訳者: 白石 朗    2008.3 ゴマブックス 刊(ゴマ文庫)

       
   
  これまでリーガルサスペンスの巨人ジョン・グリシャムの数多くの作品は
 大方読んだが、このようなノンフィクション作品にはお目にかからなかった。

  この作品はオクラホマ州のエイダという地方都市が舞台になっている。か
 つては石油産出で賑わった。大学と郡裁判所がある。キリスト教信仰地帯通
 称バイブルベルトと呼ばれるアメリカ南部の人口1万5千という地方の町と
 しては比較的大きい町である。

  1982年12月7日の夜、まち外れの「コーチライト」というナイトクラブで
 バイトでウェイトレスをしていたデビー・カーターという21歳の女性が自宅
 のアパートで殺害された。全裸で乱暴されていた。壁には血の痕が残されて
 いた。遺体とテーブルに文字が書かれていた。指紋や毛髪などが採取された。
 
  事件処理はエイダ署のデニス・スミス刑事とオクラホマ州捜査局捜査官の
 ゲイリー・ロジャース。
  スミス刑事を中心とする捜査陣は被害者を取り巻く関係者を調べ出し、21
    人の男に指紋、唾液、頭髪、陰毛などの提出を求めた。拒否したのは誰もい
 なかった。
        デビーは町の人気者で、酒場にもよく出入りし、男友達も多かった。
  ロン・ウィリアムスンという人物もその一人だが、当日ロンはコーチライ
   トで顔を見た者はいなかった。
   飲酒運転で拘置所に収容されていたゲイリーという男が、たまたま同房に
 入っていたロンが事件に関与しているような話をしていたので容疑者として
 調べるべきとスミス刑事に進言した。

  ロンはエイダが産んだ野球ドラフト最上位指名選手で次代のミッキー・マ
 ントルになるかも知れないと嘱望された有名人だった。しかしメジャーに求
 められることもなくその栄光も今は失われ酒と薬害、奇行の目立つ要注意人
 物だった。
  
  捜査が行き詰まっていた警察はゲイリーの何の根拠もないロン・ウィリア
 ムスン犯人説に飛びつき、ロンの友人デニス・フリップと共に事情聴取を行
 った。事件から3ヵ月経っていた。

  作者はここからロンの幼少時から殺人容疑者つぃて逮捕されるまでのロン
 の足跡をつぶさに追う。野球少年が名声の頂点にたつまでの華麗な一時期、
 結婚したもののメジャーで活躍できず失意の毎日で3年足らずで離婚。飲酒
 と薬物の挙句奇行が重なり幾度も病院に入り精神障害の判定を受けながらも
 薬物治療等をさぼったりしたため症状は好転しなかった。
  
  一方事件を追う警察と言えばあまたの現場証拠を手にしながら容疑者特定
 の手がかりひとつ手に入れられず、拘置所にいる犯罪者が見返り(司法取引)
 を当てにした根も葉もない虚言頼りに何人かの容疑者を相手に恫喝を繰り返
 し、現場の証拠と矛盾する嘘の自供を手に記者発表したり、壁の掌紋を再確
 認すると言って被害者の墓を掘り返したり、無能ぶりをさらけ出していた。  
  
  事件から5年経って改めてエイダ警察はロンを殺人容疑で逮捕した。ロン
 が拘置所で昔の友人に語った「夕べの夢」を元に自白書をでっち上げ逮捕に
 踏み切ったのである。 
  父をがんで亡くし、今また母を亡くし、ロンにとって頼りは常に優しい長
 姉のアネットだけだった。 

  エイダでは公選弁護人は判事の指名制だった。判事は名うての刑事事件弁
 護士バーニー・ウォードを指名した。
  陪審員選任が進み予備審問が始まった。事件から5年半経っていた。
        しかしさしものバーニー弁護士もロンの法廷で判事に退廷を命じられる程
 の粗暴な振る舞いに匙を投げ辞任を言い出す始末だった。
  連邦最高裁判所に責任無能力者を有罪にする判決は適正な法手続きの否定
 であるという判例があるが、ミラー判事はこれを無視し、弁護士のバーニー
 もこれを指摘しなかった。

  本裁判公判が始まった。分離裁判になったデニスの裁判で、検察側は証人
 を何人も登場させたものの何一つ証明できなかった。一方弁護側は陪審員に
 元エイダ警察の署長が選ばれていることが明らかになり審理無効を申し立て
 たが判事はこれを却下した。
  地区裁判所判事は<堅物ジョーンズ>とあだ名されるロナルド・ジョーン
 ズで、彼は敬虔なキリスト教徒だった。
    有力な容疑者の一人でもあるグレン・ゴアは「コーチライト」でロンとデ
 ニスを見たと言ったのは刑事にそういえと言われたからだと証言した。
 
  ずさんというかいい加減な捜査で、最初の思い込みで容疑者をでっち上げ
 数年にわたって拘置所に縛り付けた警察が法廷で立証に手古摺っているもの
 の堅物の判事に守られ、地区検事ピータースンは余裕で審理に臨んだ。

  結局陪審員はデニス・フリッツを有罪と評決、量刑の評決は終身刑だった。
  フリッツは判事の制止を振り切って声を上げた「天におられる主キリスト
 はわたしの無罪をご存じです。わたしはただ、皆さんを赦すということ、そ
 れを言いたかっただけです。みなさんのために祈ります」。(以上上巻)
                       
                        (以上この項終わり)


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