読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

乃南アサ『地のはてから(上/下)』を読む

2011年08月19日 | 読書

『地のはてから』 著者:乃南アサ 2010年11月 講談社刊

  著者乃南アサが初めて石狩の地を訪ねてから構想10年。書き下ろしの本書は北海道最果ての地
 知床で生きた一人の女性を通して大正時代から昭和の高度成長期までの開拓民の生々しい人生を
 描いた一種の時代小説である。

  乃南アサといえば、『凍る牙』を初めとする音道貴子シリーズなどでおなじみであったが、このような
 セミ時代小説も書く器用人であることを知った。
  執筆時期が相前後するが、2009.10刊『ニサッタ・ニサッタ』のネットカフェ難民の若者は実は本書
 の主人公「とわ」の孫に当たるとのこと。読んではいないが最後に北海道で再生する設定になってい
 るという。

  乃南アサは東京生まれのはずであるが、文中の会話は福島弁が多出する(なじみある北海道弁は
 下巻の後半に出てくる)。標準語に方言の振り仮名が付くこともある。まるで山口瞳調である。下巻に
 著者記として「福島県田村地方の方言を調査・記録されている、郡山市在住の渡邉勝美氏にお力添
 えをいただきました。」とある。まさか会話部分をまんべんなく方言調に書き換えて戴いたわけでもあ
 るまいが、会話をここまで忠実に再現する必然性に乏しい。私には大変読み辛い。

  知床の地は訪れたことはないが、斜里町出身の知人がいたし、すぐ近くの清里には妹の家族が住
 んでいたし、網走・弟子屈までは行ったことがあるので満更見当が付かない土地でもないが、ウトロ
 (宇登呂)、イワウベツ(岩尾別)、オトネップ(音遠別)と言ったら最果ての知床に近い。こんなところ
 まで開拓の手を伸ばし、内地の食い詰めもの(失礼)を勧誘していたのだ。
  当時まだ2歳の「とわ」は、借金取りに追われた両親と兄と共に、夜逃げ同然で福島県郡山近郷の
 田舎から青函連絡船で北海道に渡り、鉄道で延々と斜里の街に運ばれ、クマザサと天を覆う木々
 が続く北縁の地に住みつくことになる。
  このイワウベツの原野を切り開く苦労はまさに筆舌に尽くしがたいものとなるが、イナゴの大群にせ
 っかく育ちかけた作物の芽を食い尽され、木の実・草の根を食べながら命をつなぐことになる。
  こうした中とわは山でアイヌ人の少年三吉と知り合う。

  どうしようもないろくでなしの父親は出稼ぎ先で飲み屋の女に入れ上げ、挙句の果て埠頭に落ちて
 亡くなる。そのうち知人の紹介で、母親がイワウベツよりまだましな地ウトロで後添になり、家族は8人
 になる。
  小学校を卒業したとわは口減らしのために小樽の商家に子守として奉公に出る。そのうち奉公先は
 零落し暇を出され実家に戻ったとわは再び2年間子守として奉公に出る。しばらく家の仕事に携わっ
 たとわも18歳になった。嫁入りの話を受けたとわはすっかり青年になった三吉に再会し、互いに愛し
 合っていることを知り結婚を前に思い悩むが、大人が取極めた話はどんどん進み、ついにまともな別
 れも出来ずに嫁に行くことに。

  家を出て町場で働いて稼ごうとする農家の次男坊と一緒になったとわは古着屋で身を粉にして働く。
 そのうち立て続けに女児2人を産んだりして、何とか家計も楽になってきた矢先、夫は召集されて戦地
 へ。実家の兄も義兄も召集令状が来て、帰らぬ人となった。
  そんな中、ある日とわはでんぷん工場近くで乞食同然の三吉に再会する。あれほどまで恋焦がれて
 いた青年は、今や、兵役を逃れるために傷を付けた腕は破傷風で切断され隻腕状態、しかも眼は黄色
 く濁り、歯は黄ばみかつての姿は既にない。とわは一番大切な宝物がたった今泥にまみれたことを知る。

  戦争は終わった。しかし無事に帰ってきた夫は人が変わったようになる。昭和30年に夫は亡くなった。
 子供は家を出て働いているが女の子は時々帰ってくる。
  とわは今度オシンコシンまで開通した道を斜里バスに乗って、久しぶりに母の住む宇登呂に向かう。
 バスの中に戦後開拓民としてイワウベツにやってきたという男がいた。とわは何かと話したがった男を
 避ける。何も知らずにあの地に来た人に、あの苦労をもたらした地の厳しさを語ることはできない。 
  
  本書に特定のモデルはいないそうだ。それにしてもとわも生きていれば現在96歳。
  人はどんなことがあっても生きるしかない。

  (本書表紙の装画は東山魁夷の「緑の窓」である。)

       
              
                                                      (以上この項終わり)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 重量級ノンフィクション『悪... | トップ | 夏の野菜を描く »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事