読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

コルソン・ホワイトヘッドの『ニッケル・ボーイズ』

2021年05月27日 | 読書

◇『ニッケル・ボーイズ』(原題:NIKEL BOYS)

著者: コルソン・ホワイトヘッド(COLSON WHITEHEAD)
訳者: 藤井 光   2020.11 早川書房 刊


    
 
 コルソン・ホワイトヘッドが淡々とした語り口ながらアメリカの黒人に対する
人種差別の実態に鋭く切り込んだ作品である。時代は少し遡るものの同様に人種
差別を取り上げた「地下鉄道」の方がスリリングで物語性を持っていて、本作は
作者独特の抑制の効いた叙述が残酷な内容にそぐわないような気がしないでもな
い。確かに常軌を逸した虐待のおぞましさには目を背ける思いであるが、アメリ
カではこの少年院だけでなく、刑務所のような施設でも似たような暴力、虐待が
日常的に行われているに違いないと思わせるものがある。
 この作品は前作『地下鉄道』と同様ピュリッツァー賞を受賞した。

 フロリダ州タラハシーにニッケル校と呼ばれる少年院があった。3年前に廃校
となって都市開発用地となったその跡地を、南フロリダ大学考古学専攻の学生が
発掘調査をしたところ、多くの白骨を発見する。肋骨の散弾銃痕、ひびが入って
陥没した頭蓋骨。これはマスメディアの知るところとなり、州当局も調査に入っ
た。次々とニッケル校の隠されたおぞましい実態が暴かれていった。
 
 フロリダ州で実際にあった少年院と、その虐待事件がベースになっているが、
小説としてはニッケル校に収容され、この収容施設の実態を数年間にわたって
実体験したエルウッド・カーティスという黒人の体験談のような造りとなって
いる。
 
 エルウッドは6歳の時に両親がいなくなり祖母に育てられた。真面目で優秀な
少年で、マーティン・ルーサー・キング牧師の演説のレコードが宝物で彼の考え
に心酔していた。
 エルウッドは新任教師の勧めで大学に行けることになっていた。その日エルウ
ッドは大学受講のために11キロ離れた大学に向かっていたが、自転車が壊れてい
てヒッチハイクに頼ったところ偶々乗せてもらった車が盗難車だった。
 車は保安官に停められエルウッドも連行される。側杖を食らったのであるが不
運だったとしか言えない。
 高校では教科書は白人高校のお下がりで、欄外に罵倒語が書き連ねてあった。
先生は教科書のバカげた書き込みを消させた。エルウッドは公民権運動に興味を
持った。1963年に黒人にもバスの席を開放するよう求めるデモが起き、エルウッ
ドの祖母のハリエットも参加した。公民権法が成立しても隔離実態はなかなか進
まなかった。

 エルウッドは罪もないのにニッケル校に送られた。同校は1900年開校した。最
初はフロリダ男子工業学校と言った。日本の少年院と同様の少年の矯正施設であ
る。刑務所や普通の寄宿舎など集団収容施設では所長、寮長のほか総じて親玉や
支配的権力者がいる。ニッケルでは度外れた法治外空間で、管理者による虐待、
不正が常態化していた。 
 ニッケルでは白人と有色人種は建物も区別され処遇も当然黒人棟は劣悪である。
何故なら食料や備品、学用品などは大半を学校理事らに横流ししているから。ま
た理事らは自宅の塗装や掃除なども使用人の如く使っていた。
 エルウッドも友人のターナーは選ばれてこうした作業に携わった。彼らはこれ
を「地域奉仕班」と呼んだ。

 ある日エルウッドは喧嘩を仲裁しているところを指導監督員のスペンサーに見
つかった。ここでは喧嘩両成敗どころか仲裁者も同罪で鞭打ちの刑を受けた。用
務員の気分次第だった。「ホワイトハウス」と呼ばれるお仕置き棟があり、光の
入らない懲罰房、独房がいくつもあった。エルウッドは切り込みの入った皮の鞭
で70回以上打たれ気を失い、校内の病院に担ぎ込まれた。背中や脚の肉が抉られ
Y字の切り込みを入れた鞭のため衣服の布が肉に食い込んでいた。

 州の査察が入った時、エルウッドは施設の劣悪な実態を書き連ねた手紙を書く。
監査官への訴えを躊躇する彼の代わりにターナーが渡してくれた。
 査察官から知らされたのか、エルウッドはスペンサーに呼び出され鞭打たれっ
た。二度目の鞭打ち懲罰は20回 だった。そして独房に入れられた。
 3週間経った時、夜中にターナーがやってきた。明日の夜エルウッドは裏の仕
置き場で殺される予定という。ターナーは「一緒に逃げよう」と言った。

 夜陰に乗じまんまと逃げだした二人は「地域奉仕班」で見知っていた家で自転
車を手に入れてタラハシーに向けて逃走した。
 しかし途中で車で追いかけてきた学校の用務員に見つかり散弾銃に撃たれたエ
ルウッドは死んだ。ターナーは逃げ切った。

 ターナーは亡くなったエルウッドの遺志ーキング牧師の訴えている人種差別の
解消を受け継ごうとエルウッドに成り済ます。そしてニューヨークで引越し屋を
創業し、ミリーという妻を得た。

 ニッケル校の虐待報道をみたエルウッド(実はターナー)は妻に対し自分がニ
ッケルボーズの一人だったこと、エルウッドと逃走し、彼が殺されたので成り代
わって社会での成功を勝ち取ったこと、彼の遺志を実現するためには現地に行っ
てエルウッドの事実を証言し、エルウッドの遺族(祖母は亡くなっていて、娘の
イヴリン)に説明しなければならないと思うと言った。
 妻のミリーは彼の状況のすべてを聞きわかってくれた。

<キング牧師のアピール>
 私たちを刑務所に放り込んだとしても、私たちはあなた方を愛するでしょう。…
だが、これは断言しておきます。私たちは耐え忍ぶという能力によってあなた方
を疲労させ、いつの日か自由を勝ち取るのです。私たちにとっての自由を勝ち取
るだけでなく、あなた方の心や良心に訴えかける中で、あなた方のことも勝ち取
り、私たちの勝利は二重の勝利となるのです。
                        (以上この項終わり)

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