読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ジョージ・ソーンダーズの『十二月の十日』

2021年05月07日 | 読書

◇『十二月の十日』(原題:TENTH OF DECEMBER)

著者: ジョージ・ソーンダーズ(George Saundaers)
訳者: 岸本佐知子     2019.12 河出書房新社 刊

 
 
  11篇の短篇集。いずれもとにかく文句なしに面白い。
  特徴と言えば、この作品に登場する人物はいずれもいうことなすことどこか
 ちょっとずれているダメ人間であるが、どこか憎めないというか人間の良いと
 ころを失っていない愛すべき人たちである。

  いま一つの特徴はギャグの連発と、奇抜な罵詈雑言の乱発。原文を知りたい
 が、翻訳者を泣かせたりはしなかっただろうか。(ファックシットあほボケカ
 ス)、(ウンコチンコマンコ糞ボケ死ねカスケツの穴ファック)。

       <アル・ルーステン>のアルなどはどうしようもないダメおやじ。
 彼はアンティク・ショップの店主で、裕福な不動産屋のドンフリーに対抗心を
 燃やしていて、彼の車のキーをお立ち台の下に蹴りこんだまま家に帰る途中、
 車を動かせないとドンフリーの娘が脚の手術の予約時間に間に合わなくなる。
 戻って何とか取り繕うにはどうしたらいいかと悩む。
  亡き母の「あんたは絶対に悪い人間なんかじゃない」といった言葉を思い出
 して、ポジティブなことを考えようと、みんなが「アル、市長選に立候補しな
 いのかい?」と問われるシーンを想像し「ふほほ」と笑うなど、妄想と現実の
 はざまに右往左往しているが、人は悪くない。

 <スパイダーヘッドからの逃走>は刑務所に服役中の若者ジェフが人間モルモ
 ットとして体内に薬液注入メカを埋め込まれる。幸福感・厭世観など感情をコ
 ントロールされ、語彙力が飛躍的に高まったり、突然人を愛したり、その愛が
 跡形もなく消滅したりする薬液(ボキャブラリン、ネイチャー・ハイ、エレク
 チオ、ダークサイドXなどネーミングが愉快)の実験受けるのだが、モルモッ
 トの同士の女性たちを傷つけたくなくて、死を覚悟しながらも実験室から逃亡
 し死ぬ。天国から、自分は生まれたときに将来ろくでなしになる非情な運命を
 神から背負わされたのだと悟るお人よし。
 
  最も長い作品<センブリカ・ガール日記>などは40歳になったから未来の人
 間に参考となる話を残そうと日記を書き始めた主人公”おれ”は、一向にうだつ
 が上がらない「中流 の下」階層の悲哀が満載の話である。
  妻のパム、長女のリリー、長男のトーマス、次女のエバの5人家族。リリー
  の誕生日にプレゼントひとつ買えない窮迫家計に、なんという幸運、1万ドル
 のスクラッチくじが当たって有頂天になった。
       リリーが喜ぶだろうと誕生パーティーに近所の裕福な家に倣って、SG3個を
 飾る。SG(センブリカ・ガール ?)とはよくわからないが、未開の国から仕
 入れた女性を生きた彫刻のように庭に飾る(鎖に繋いで)。
  ところがリリーはあまり喜ばなくて、3歳のエバは夜中に鎖を解いてSGた
 ちを解放してしまう。残ったのはレンタル料と莫大な損賠賠償金だけ。
  今夜の”おれ”はSGたちのことが頭から離れない。

 表題の<十二月の十日>。   
 登場人物は脳腫瘍で死の床に就いているエバー。実は保険金目当てにベッドか
ら脱けだし死を選んだはずだったが、丘の上から小さな子(ロビン)が凍結した
湖の上を渡っている最中に薄い氷が割れて湖中に沈んだ様子を見て必死の覚悟で
助け出す。
 死を免れたロビンはエバーに言われるままに後も見ずに森の向こうの我が家に
駆け戻る。(後で卑怯で恥ずかしいことをしたと悔やむ)
 凍死寸前で助けられたエバーの脳裏をこれまでの人生の思い出の数々が駆け巡
る。尊敬する叔父のアレンのこと。学校でマナティについてソネット(14行詩)
を発表し先生に褒められたこと。愛する妻モーリー、息子のトミー、娘のジョ
ディのことが次々と目に浮かぶ。
 俺は生きたい。遺書を書きたいが保険金が必要だから書けない。

 正直言って何が十二月十日なのかが読者の私にはわからない。
                           (以上この項終わり)


 

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