読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

高瀬 隼子『犬のかたちをしているもの』

2020年05月30日 | 水彩画

◇ 『犬のかたちをしているもの

著者: 高瀬 隼子     2020.2 集英社 刊




 ”犬のかたちをしているもの”という題名はどこか暗示的で興味があった。なんでこ
んな題名を付けたのだろうか。最後まで読んでやはりわからなかった。 
 薫は彼氏である郁也への愛とロクジロウというかつてかわいがっていた犬への愛を
比べることがある。そんな比較からきたのかもしれない。

 物語る人、馬橋薫は21歳で婦人科で手術をした。卵巣の異常。この身体的異常が心
裡にも大きな影響を与えているように思える。

 薫はこれまでに何度か恋愛もしたし、何人もの男と寝てもいるらしい。
 今の彼氏、田中郁也とはもう同棲して3年になる。
 最近はほとんど3・4か月セックスをしていない。面倒というかしんどいのである。
必ずしも卵巣疾病のせいではない。郁也は「おれはしなくても大丈夫」という。

 ある日郁也が話があるという。喫茶店に行くと女と一緒に待っていて驚く。
 彼女はミナシロさんだと言って紹介する。大学の同級生だという。
 ミナシロさんは「田中君の子供ができたので、結婚して田中君の戸籍に入れた上で
その子をあなたにあげるから育ててほしい」という。
 びっくりする。「女なので産んでみたいが、子供が嫌いで育てなくないし、堕ろ
すのは怖い。田中君が子供が欲しいと言ってるので、馬橋さんが育ててくれません
か」というのである。

 男が浮気をして相手に子供ができて、彼と結婚したいので別れてくれというのは
よく聞く話で、小説の恰好なテーマになるが、さすがにできた子供をそちらで育て
てくれという話はあまり聞かない。夫の浮氣相手に言われた方は大げさに言えば驚
天動地である。
 郁也は泣いて謝っているが、傷ついているのは私ではなく彼のように思えた。

 どういうわけかミナシロさんとは何度か会って話をする。子供には父親が必要な
ので郁也とミナシロさんが結婚したらすぐ離婚する。そのあと子供は田中君にあげ
ます。田舎は愛媛なんだからできてから紹介してもいいでしょうという。
 郁也は賛成しているという。
 驚くことに、ミナシロさんとは身体を重ねるたびに金を払っているという。実は
「間違ってできてしまった」のだという。郁也は軽率だったと泣いて謝るのである。

「夫がつくった子を自分の子にする。自分の幸せではなく、両親やばあちゃんのた
め、夫のためだ。」そんな気持ちもあって、ミナシロさんの提案通り子供を引き受
ける前提でずるずると時間が過ぎていった。

 ついに臨月となりミナシロさんは男の子を生んだ、立ち会った郁也は(俺たちの
子供になる子だよ。名前、一緒に考えよう)などとメールをしてきて、私は寒々と
した気持ちになる。

 数週間後、あの話で落ち合った喫茶店に薫らを呼び出したミナシロさんは言った。
「申し訳ないですけど、やっぱり子供は、自分で育てようと思います」

 たしか子供は嫌いと言っていたのに。急に好きになるとは思えないが、抱いてみ
ると母性本能が沸いて出るのか。結局育児放棄とか虐待母にならなければよいが。

 それに郁也が「薫はオレがいないと生きていけないんだよ」などといっているが、
これってずいぶんゴーマンだと思うけど。愛しているから何でも許されるというわ
けではない。

 大人同士で子供をやり取りするなんて身勝手なからくり話をしていて、生まれて
くる子供のこと、将来をどう考えてるんだよ、などと思っていたが、結局単純なシ
ングルマザー話に終わってしまった。
 馬橋薫さんはちょっと変わったところもあるが、まあ標準的な女性と思われる。
だから、若いのに卵巣腫瘍の手術を行って、とくに子供は好きでもないけれど、両
親や彼氏のために、子供を産めるかもしれないと努力を始めた薫のことは気の毒で
ある。
 産む権利を握る女性はいろいろ考える。男はただ右往左往するだけ。そんな女性
の複雑な心理の一面を見せてくれた作品である。
                          (以上この項終わり)



 



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