◇『平気でうそをつく人たち』(虚偽と邪悪の心理学)(原題:People of the Lie)
著者: M・スコット・ペック(M・Scott Peck)
訳者: 森 英明 1996.12 草思社 刊
ページを繰ると、序文が衝撃的である。<はじめに-取扱注意->
この本は危険な本である。…この本は潜在的に有害な本である…。いきなり著者
にこう白状されると俄然興味がわくではないか。
原題の『People of the Lie(虚偽の人々)』。嘘は悪の症候の一つであり、その原
因の一つであり、かつまた悪の根ともなっているとする。確かにこのところの数
多の政治家、一部の官僚の言動を見ていると、いかに邪悪の人が人の上に立って
いるか、慨嘆するのみである。
著者は若い頃から仏教や禅、イスラム教に漠とした共感を抱いていたものの最
終的にはキリスト教徒である。しかし本書は心理療法という科学の世界を研究す
る医学者としてデータを基に語ったものである。
著者は自身の診療体験から、世の中には”邪悪な人間”がいると考えるに至った。
それは…。
●どんな町にも住んでいるごく普通な人
●自分に欠点がないと思い込んでいる
●異常に意志が強い
●罪悪感や自責の念に堪えることを絶対的に拒否する
●他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する
●体面や世間体のためには人並み以上に努力する
●他人に善人だと思われることを強く望む
邪悪な人たちの典型的な事例として、ボビーとロジャーといういずれも15歳の
少年と、その両親の子供らへの仕打ちを紹介している。表面的には「いい人」に
見えるが、内面には邪悪な本性が潜んでいる人である。悪性の自己愛(ナルシシ
ズム)をもち他人に善人だと思われることを強く望んでいる。だから「体面や世
間体のためには人並み以上に努力する」のである。そのためには他者を生贄にし
たり、平気に他者に罪を転嫁する。
ボビーの兄は拳銃自殺をした。つぎの年のクリスマスプレゼントに何が欲しい
かと聞かれたボビーは「テニスラケットが欲しい」といった。しかしなんとボビ
ーの父はテニスラケットではなく兄が自殺に使った拳銃をプレゼントとした。こ
の年頃の男の子は拳銃が欲しいはずだし、新しい銃を買ってやる余裕がなかった
からというのである。この時以降ボビーは鬱状態に陥っていった。彼が「これは
自分にもこれで自殺しろということか」と受け取るとは思わなかったのか。
ロジャーの場合。サラとハートレー、アンジェラの場合、ビリーの場合シャー
リーンの場合といくつもの事例が紹介されている。その集約が前出の7つの邪悪な
人の特徴と言ってよい。
もちろん著者の診療対象は主としてアメリカ人だろう。しかしこのような人は
間違いなく日本でもいるし、多分他の国にもいるのだろう。
第1章悪魔と取引した男 第2章悪の心理学を求めて 第3章身近にみられる人間
の悪 第4章悲しい人間 第5章集団の悪について 第6章危険と希望
また集団の悪について、ヴェトナム戦争におけるソンミ村虐殺事件(500から600
人の武器を持たない村民を殺した)について考察している。著者自身がヴェトナム
に9年間従軍し精神科医としてこの事件の調査に関与している。個人としては邪悪
ではない人間が集団としての悪になぜ加わったのかということである。何故悪なの
か。隠ぺいが集団の大きな虚偽だからである。集団の悪の防止には怠惰とナルシシ
ズムの根絶しかないという。
著者は心理学者として「善と悪」について書いてみたかったという。身近な論理
をもって絶えず考え続ける問題であるとの考えから。著者は「邪悪」を精神病とみ
なすべきという立場をとる。
わたしがこの本を選んだのは、この本の発売当時(1986)たまたま私の周辺に平
気で嘘をつく人がいて、なぜ平気で嘘が付けるのだろうと不思議に思っていたから
である。
自己正当化のために巧妙に隠微な嘘をつける人たち。彼らの隠微な心理構造と真
っ当な人たちの対応策を専門家が解き明かしてくれる本である。
(以上この項終わり)