◇『風のかたみ』 著者:葉室 麟 2017.3 朝日新聞出版 刊
2012年に第146回直木賞を受賞した時代小説の名手葉室麟の最新作。
時代小説といえば剣豪物、捕り物帖などはともかく、仇討ち、御家騒動とりわけ跡目相続、
など相場が決まっているが、ここでは御家騒動。
珍しく女性を主体にし、しかも謎解きの面白さも備えた時代小説となっている。最初は女
の醜い争いが話を面白くさせるのかと思っていたが、結局みないい人で本の帯にある”清冽な
長編小説”で終わった。
舞台は九州豊後・安見藩の藩主に連なる一族の当主が藩主の跡目を狙った廉で上意討ちを
受ける。生き残った家族・女中など7人の女性に懐妊中の女性がいるということで、男子が生
れればでことは複雑になる。この屋敷で起こる出来事の一部始終と7人それぞれが抱える存念
などが絡み合って、ことの真相解明が昏迷の度を加える。
あらすじを見てみよう。
跡継ぎのいない現藩主に江戸の旗本から養子を迎えようとする家老一派と、藩主に連なる一
門衆から養子をとるべきとする佐野家が争う。結局藩主の命で佐野家当主了禅は割腹、長男小
一郎・次男千右衛門は家に火を放ち、焼け跡には3人の遺骸が発見された。
さて了禅は上意討ちを覚悟していたのか、妻きぬ、小一郎の妻芳江とその娘結、千右衛門の
妻初、女中のゆり、その、春の5人は騒動の起きる数日前に別邸に移しており、藩としては彼
らをどう処分するか決めかねている状況である。
ところで町医者桑山昌軒の娘伊都子は、藩の目付方椎野吉左エ門に佐野一族7人の家に住み
込み動静を探ってくれと頼まれる。とり分け7人のうち誰が身ごもっているかを探れと。
佐野家の中に入ってみると女性同士はバラバラ。大奥様のきぬは毅然としていかなる処分も
覚悟している。芳江は初は佐野家の厄病神だと誹る。女中らも初は冷たくて怖いという。
そもそも初は目付方椎名に嫁ぐことになっていたが佐野家と縁談が進むとあっさり鞍替えし
たという。初は周りの男をいつの間にか虜にしてしまう魔力を備えており、あろうことか義兄
に当たる小一郎も家士の堀内権十郎も初の虜になった。
その初が夫千右衛門の子を懐妊しているのではと疑われたが、どうやら小太郎は女中のゆり
に手を付けたらしいことが明らかになる。これが知れたらゆりも含めみんな殺される。ゆりの
ことは絶対秘密にしようと一致団結することになる。送り込まれた伊都子も人命を救うのが医
師の務めだと役目を忘れて賛同する。
焼け死んだはずの小一郎が夜陰に乗じ初の元へ忍んできて大騒動。懸想した家士の堀内まで。
堀内は小一郎の手にかかって殺害され、小一郎は弟の妻に一時でも心が揺らいだことを恥じ、
母きぬに諭されて焼け跡に戻り自害する。
家老の辻将監は身ごもった女を毒殺させようと戸川という医師を送り込んだが、女中らに毒
を盛られ死亡。目付方の椎野もきぬらを切り捨てるため屋敷を訪れるがかえって毒薬で命を落
とす。
きぬは自分以外は罪はないとそれぞれ落ちのびる手はずを整えて従容と死途に就き、部屋に
火を放つ。芳江と初は辻将監の糾問を受ける。しかし初らは見たこと以外は知らぬ存ぜぬでし
らを切りとおした。
伊都子は役目を終えて母が託された初からの手紙できぬの覚悟への共感と小一郎に寄せた初
の心情を知り涙する。
著者は封建時代、男の付随物のごとき扱いを受けていた女性たちの、生きようの強かさを描
こうとしたのか、幼子や生まれてくるこの命を守ろうとする母性本能の強かさを描こうとした
のか。女の怖さを描きたかったのか。いささかつくりの甘さや雑駁な部分があって白けること
もあるが、珍しい時代小説ではある。
(以上この項終わり)