読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ピーター・メイの『ブラック・ハウス』を読む

2016年04月14日 | 読書

◇『ブラック・ハウス』(原題:The Blackhouse)
              著者: ピーター・メイ (Peter May)
              訳者:青木 創  早川書房2014.9 刊(早川文庫)
  
   
  

 本書の紹介文には「・・・息苦しく、せつない青春ミステリ」とある。青春ミステリなどという分類
が出版界にはあるのかと一瞬いぶかしんだが、読んでみるとなるほどせつないし、息苦しくなる
個所も多々あって、ミステリー性とサスペンスも含んだ一気に読ませる小説である。

 舞台はスコットランド。エディンバラ警察所属の主人公のフィン・マクラウド刑事は妻と二人暮ら
し。数週間前に一粒種の3歳の息子を交通事故で亡くしてから二人の仲は危機的状態で離婚寸
前のやり取りが続いている。
 スコットランドの西にあるヘブリディーズ諸島の北辺の島・ルイス島で殺人事件が起きた。はら
わたを抜かれた裸の死体が梁から吊るされた猟奇的殺人事件は、3か月前にエジンバラで起き
た事件と似ている。連続殺人事件の可能性を疑う上司は、精神的落ち込みがひどく休職してい
たフィンを復職させてルイス島に派遣する。何しろ殺されたのはかつてフィンが通った小学校の同
級生・ガキ大将のマクリッチだった。フィンは18年ぶりに独りで生まれ故郷の土を踏む。

 話は、フィンが一人称で語る過去と、三人称で語る現在が交錯する形で進む。事件にかかわり
のありそうな村人たち・・・ほとんどがかつての知り合い…から事情を聞き始める。
8歳でフィンは交通事故で両親を亡くし、叔母に育てられた。小学校に上がる前から兄弟同然に
遊びまわった幼馴染のアーシュター、小学校でゲール語しかわからなかったフィンに英語で通訳
してくれて以来恋人であったマーシャリー(なんとアーシュターの妻になっていた)、牧師の息子
で村の子供らのリーダー格であったドナルド、殺されたマクリッチの弟でやはり暴れ者のマードウ
などかつてフィンの少年時代を取り巻いていた人たちの何が変わって、何が変わらなかったか。
辛い記憶のある島を出てグラスゴーの大学に学び、いま警官として事件の真相を調べ回るフィン
には、思い出したくない隠れた記憶があった。それは親友のアーシュターとその父にある。そして
元恋人のマーシャリー、マーシャリーの息子フィオンマッハ。彼らとの関係がいつからか変わり、
どこで殺人事件と交差するようになったのか。最終章に向かって次第に真実の姿が浮かび上が
ってくる。

実はフィンが育ったルイス島北部の村「グーガ狩り」という何世紀にも渡った風習がある。ルイス
島から船で10時間ほどかかる絶海の孤島アン・スケールという島のの絶壁に巣をつくるシロカ
ツオドリの幼鳥(グーガ)を捕って村人で分けあう。2週間に渡る孤島での生活、2千羽に及ぶ幼
鳥の塩漬け処理、何よりも危険な岩場での捕鳥作業。この集団は12人の選ばれた人のみが従
事し、欠員があって参加を許された青年はこのグーガ狩りで初めて大人として認められるという
通過儀礼ともなっている。実はフィンもグラスゴーの大学に入学する直前に、強く反対したにもか
かわらず「グーガ狩り」に参加させられたことがある。そこで起きたフィンの転落事故から少しず
つ何かが変わっていったのである。しかも今回の殺人事件を引き起こした真因も、この「グーガ
狩り」にあったのだ。
最終章は意外な結末であるが、ハッピーエンドを想像させるシーンでほっとさせられる。

 殺人事件の捜査を通してフィンが生まれ育った「世界で最も寂しく、最も美しい土地」ルイス島
の厳しい自然のすがたとそこに住む人たちの生活と人生が語られ、ありきたりのサスペンス小
説にはない余禄がある。
 訳者の解説によれば、本書は3部作で、海外ではすでに第2部、第3部が出版されているとの
こと。
(邦訳は早川書房(ハヤカワ・ミステリー文庫)で2015.3「忘れゆく男」が出版された。)

ちなみに「ブラックハウス」とは? 作品中に説明がある。彼の地では「ブラックハウス」とは、平積
の石壁に藁屋根。家畜と同居の一棟形式。石敷きの中央部の部屋の中心に炉があって一日中
泥炭が焚かれている。スレート葺きや波トタン板葺き、石またはコンクリートブックづくりなどの普
通の家は「ホワイトハウス」と呼ばれる。

                                             (以上この項終わり)

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