◇『天使のナイフ』著者:薬丸 岳 2008.8 講談社 刊 (講談社文庫)
薬丸岳の作品を読むのはこれが初めて。本書は2005年に第51回江戸川乱歩賞を受賞し
た作品である。
テーマは少年犯罪とその被害者救済のあり方か。
生後3カ月の娘・愛美の目の前で桧山貴志の妻は殺された。犯人は少年の3人組。しかし彼
らは13歳の中学生だったため、少年法に規定に従って罪に問われることはなかった。
4年後、犯人であった少年の一人が殺された。当時マスコミに問われて「国家が罰を与えない
のならば、自分の手で犯人を殺してやりたい」と叫んだ桧山は当然容疑者となる。
かつて桧山の事情聴取に当たった埼玉県警の刑事三枝が訪ねてきた。
桧山は福井と仁科という2人のアルバイトを使ってチェーン店のコーヒーショップを開いている。
亡くなった妻の祥子もかつてアルバイターの一人だった。主犯核の少年Aは少年鑑別所送り、
少年Bと少年Cは観護措置をとる手続きに移った。少年審判は非公開で被害者やその家族も関与
できない。少年法は加害少年の更生中心で、被害者側に審判結果の連絡もない。被害者とその家
族の心中など全く考慮していない不思議なシステムとなっている。
殺されたのは少年Bであった。なぜ、だれに殺されたのか。愛美の通う保育園の保育士早川み
ゆきは中学時代からの祥子の友人だった。みゆきは犯人探しにのめりこむ桧山をしきりに止めよ
うとする。やがて浮かび上がった今は亡き祥子の暗い過去。思ってもいなかったみゆきとのつな
がり。そして意外な展開。予想外の真犯人。後半の急テンポの展開は十分に江戸川乱歩賞にふ
さわしい。
刑法理論では刑罰応報主義と刑罰教育主義がある。いわば「目には目をもって償わせるのか」
「右のほほを打たれたら左のほほを出しなさい」 的な考え方か。罪を犯したら相応の罰を受けさ
せるのか、罪を犯した者は社会や生育環境にも問題があるのだから罰よりも更生のための教育
が大事であるという考え方である。どちらがいいと思うかはその人の価値観の違い。更生主義が
効果を発揮できる犯罪者もいるし、全く効かない人もいる。刑務所や少年院で高度な犯罪知識
を受けて出所後に再犯を重ねる者もいるだろう。本書の作者はマスコミや人権派弁護士などが
加害者の人権保護に夢中になって、何の罪咎もない犯罪被害者の人権を足蹴にしているのは
なんという不条理なことかと怒り糾弾している。
(以上この項終わり)